リブログ記事”本物の”幸せな瞬間”と人間の生存に不可欠なもの”
こんな気持ちで生きていきたい。いま 味わいたい空気感が この記事の中に 広がっている。現実に 私がこんな暮らしをしてもいいんだよね。今まで そんなこと 思ったことなかったけど。私 こんなに 自然が好きだったとは。昨年の秋の入退院した件以降のんびり過ごすようになって 最近 わかってきたんだけど道端に咲いてる ちっこい花がものすごく好きだってこと。最近は 地面に よく話しかけている。花や、雑草が可愛すぎる。元々 花束が好きじゃなくて 自分は花が嫌いなのか?と思って生きてきたけど自然を感じることが 私にとって 重要だったんだなんて。今まで 自然と共生した暮らしをしている誰かは そりゃ居るだろう とは思っていたけどその人は 自分ではない イメージだった。それは 『自分では無い』誰かの世界。それは 普通の感覚だった。私は 生活するだけで精一杯な人。それが あたりまえ という意識。くぅさんのセッション以降自分が 心理的軟禁状態で居たことに気づいた。頑丈な檻を持ち込んでその檻に 自分で出たり入ったりして逃げたら逃げれる状況の時でもいったん 檻に戻ってから「この檻があるから 私何にもできないの」と 言い訳に使っていた。生きてきた年数 そうやって生きていた。最近は 今も 檻で暮らしているけれどいつでも檻を出ていけるように準備を進めなくちゃ と考えているという段階。『どうやって生きていく?』『どうしたい?』って 様子を見ながら自分の希望を探す毎日。それでも 日常のアレコレに 振り回されて自分の内側の声をきく時間をなかなか持てずにいるけれど。場面は変わってこの前 テレビで高級賃貸マンションが紹介されてた。マンションの場所が 都内の 神宮前で。神宮前と聞いた瞬間「自分には 関係ない話だ」と思ったけど次の瞬間「でももし そこに住んだとしたら?」と頑張って 考えてみた。だけど 思い込みは 非常にかたく「ありえないし」としか思えなくて。なかなか 想像できなかった。3回くらい 「もし、もしだよ?」を繰り返して やっと想像してみる気になった。そしたらそしたら 最近 感じたことないくらいの「うきっ」を 感じた。私が、19才で初めて就職した職場が青山にあって毎日、その近所をウロウロしてて毎日 ワクワクして暮らしていた私。特に 神宮前の街並みや、裏通りにときめいていた。将来 神宮前の住所のとこで暮らしたいなと思っていた あの神宮前で 暮らすとしたら?と考えた。そしたらびっくりするほど ハッピーな気分が 湧いてきた。そんな うきうきな感情になったことに本当にびっくりした。こうやって 感情を感じるのか⁉︎ ってびっくりした。自分が 自分に 「うきっ」っとするものやうきっとする機会を 与えることなく 生きていたことに気付いて びっくりした。びっくりした。びっくりした。つまらない身動きの取れない毎瞬を選択しているのが 自分だったことにびっくりした。思い込みって すごいパワーやな と思った。今まで 人生が好転しなかったしくみに納得する今日この頃。でも〜自然も好きだし 都会も好き。どうしよう〜どっち選んでもいいなんて‼️じつに おめでたい悩みであるw