あれから、家へ連れて帰る勇気もなく、施設へ預けるお金も厳しい。透析があるから、無理に退院はさせられないから、そのまま入院させてもらうことになりました。

その代わり、整形からは移動させますねと言われましたが、ベッドが空かなかったのか、結局、整形で入院のままになっていました。


久しぶりに病院から電話が掛かり、仕事中だったから気づかなかったので、直ぐに折り返しました。病院から、ヘモグロビンが極端に下がって酷い貧血状態。直ぐに輸血が行われてから連絡がありました。胃の検査をしたいから同意書のサインが必要とのことで、いつ来れますか?と聞かれたので、輸血、胃の検査は同意しますのでお願いします。と口頭で伝えて後日、検査結果も説明してもらうと言うことで、電話を切りました。

次の日にまた電話があり、胃は問題なし。次は腸の検査をしたいから来て欲しいと言われたので、同意するから検査後に結果も合わせて聞きたいと言ったのだけど、同意書を書いて欲しいから来て下さい!と言われて、その日に着替えなどを持って病院へ行きました。

すると、腸の検査は大量の下剤を飲まなくてはならないけど、飲んでいただけないから鼻から管を通して投与します。鼻の管を抜かないようにミトンさせていただいているので、宜しければサインをお願いします。って、ミトンとか縛るとか虐待を疑わせる行為には厳しいんだ…と思いましたが、私は理由を説明してもらって納得したので、他と同じように電話で良かったですけどね…

次の日の朝にまた電話があり、今日の昼前に病院に来て下さい、先生から説明したいと言われたのですが、予定があったので、朝早い時間をお願いして病院に向かいました。


検査検査は、胃の検査では異常なし、腸の検査では素人の私でもわかる、4年前とは明らかに違う状態で至るところから出血しているのがわかりました。肺にも水が溜まっていて、酸素マスクをつけている状態。

通常この症状だったらどのくらいもちますか?と先生に聞いたら、1週間くらいかな?と言われました。夫(息子)と舅を姑に会わせたいから、次の日の日曜日だけど面会をお願いしてOKをもらっていました。その日は透析中で私も明日会おうと思っていました…


そしたら、日曜の明け方4時くらいに病院から電話がかかり、直ぐに病院に来て下さい。急にに心臓が止まってと言われて急いで病院へ行き、酸素マスクをつけて待って頂いていたのでその場でマスクを外し、4時30分、死亡確認をしていただきました。

切除した傷口が治ったら病院での治療はなくなったから、指導員と呼ばれる方から、定期的に何回も連絡があり、そろそろ退院について考えましょうか?とのお話がありました。

姑は歩けない状態…朝起きたら着替えさせてオムツ替えして朝食を食べさせる。それと平行していつものお弁当作りなどをする。

でも、夜中や日中もオムツ替えが必要だし、寝返りをうたせるのも必要。

いや、私ひとりは無理だ。夫は仕事でいないときは無理だし、そもそも家にいても介護は無縁な状態。相談員の方と沢山話し合いをしました。

家に連れて帰ったとして、移動は全て車椅子。日中は起きて椅子に座ってテレビを観ていたけど、ベッドに寝たきりの状態だとテレビは見えない。透析が2日に1回(火木土)あるので介護用の送迎車に乗せなくてはならない。帰りの車からベッドまではヘルパーさんにお願いして、デイサービス(月水金)はベッドから送迎をお願いできるからついておく必要ない。

日曜日は私たちも外出出来なくなるな…とか色々シュミレーションしてみたけど、やっぱり1人では到底出来ることではありません。

でも、家に連れて帰れない、施設へ預ける?それともこのまま入院させてもらう?と言うのが、何だか姑を見捨ててるみたいでとても心が傷みました…


私もフルタイムで仕事をしているし、食事の支度をして、お弁当を作って出勤、買い物をして帰宅し、食事の支度をして片付けて忙しい毎日です。

自宅が無理なら施設に入れる事を検討して下さいて言わんばかりの話になり、透析があるので、格安の施設は難しく、ざっと見積もって月々10万円越えの費用が掛かります。

毎日色々考えて、相談員の方と話して、ケアマネさんとも沢山話して、病院に着替え&オムツ&パンを持って行ってを繰り返し、どんどん日付けが過ぎていきました。

6月23日の早朝、姑が亡くなりました…


言ってく先がないから、愚痴の様な投稿を幾つかしていましたが、それを読み返して懐かしいなぁと思ってしまいます。

このひとつ前の投稿では、まだまだ姑が元気な頃の話でした…

昨年の12月11日に、足の指の骨髄炎で切除手術を受けるために入院しました。

指先に傷があってなかなか完治せず、しかも、ふくらはぎの血管が細くなっているから抗生物質などの投薬や注射をしても傷口まで届かず、とうとう骨に炎症が起こり切除することになりました。

手術は無事成功して、寝たきりにならないためにも直ぐにリハビリを始めてもらいました。

姑は痛いのが苦手、今日は痛いからやめておこう…、今日はキツいからやめておこう…と何かしら理由をつけてリハビリをしない事が多かったみたい。歩く練習をしなければ家に帰れないよと、面会の度に言っていたのですが。

そのうち歩行が困難になり、立ち上がる事も難しくなってきました。

オムツも、いつも履いていたパンツ型ではなく寝てオムツ替えをするからオムツ型に変更しました。


頭はしっかりしていて会話も出来ていたので、週に一度、大好きだったパン(2~3日分)とオムツとパット、着替えやタオルを持って病院に通いました。