小学生のころ、バス通学をしていたのでいつも小銭は持ち歩いていた。
ピンクのファスナーが付いた、ピーターラビットの柄の白くてまるい小銭入れを使っていた。
たしか親戚がおみやげとしてくれたもので、ポシェットとおそろいだった。

使い古して縁がグレーに薄汚れていたが、くたっとした感じもまた手に馴染んでお気に入りだった。

2年生のころ、その小銭入れをなくしてしまった。

なくした日のことを、はっきりと覚えている。

学校で帰りの会をしている時のことだ。
もう帰ろうという気持ちが先走って、小銭入れを机の上に出していた。

テストの返却だったか忘れたが、名前を呼ばれて教卓まで配布物を取りに行って戻ってきたら、小銭入れが消えていた。

誰かが盗ったとは微塵も思わなかった。
机の上に置いたつもりで落としたのか、またはランドセルに入っているのかと、あちこち探し回った。

お金がなくなったというのはちょっとした事件だと子どもながらにも分かっていたので、誰にも言わずにバタバタと探したが、それでもやっぱり出て来なかった。

自分の思い違いかと首をひねりながら帰ったと思う。
小銭入れがなくてバスに乗れなかった記憶はないので、おそらく回数券があったか借りるかして帰ったのだろう。

その10日後くらいの話だ。
同じクラスのえりちゃんがそのピーターラビットの小銭入れと全く同じものを持っていた。
おそろいだと思った私は嬉しくなって「あ!それ私も持ってた!」と言った。

するとえりちゃんはバツの悪そうな顔をしてその小銭入れをそっとしまった。

その表情で私はピンときた。
おそろいなんかじゃない、あれは私の小銭入れだ、と。
えりちゃんの席は私のすぐ後ろだった。

でも私は何も言わなかった。

家に帰って母にその話をすると、不用意にお財布なんか机に出していた私が悪い、と言った。
私もその通りだと思った。

それからえりちゃんのことが気になった。
きつい目をした、時々いじわるなことを言う子だった。
お父さんがいない子だった。
ひとりっこで、お母さんは夜働きに出ていると聞いていた。

子ども心に、えりちゃんはさみしいのかな?と思った。
バス代は片道60円だったので、入っていたお金は多くても100円くらいだったと思う。

三色バーというアイスが30円で買える時代だったので100円あったら少しは遊べたかもしれない。
でもえりちゃんは本当にお金が欲しかったのかな?
なんで盗っちゃったんだろうな?

魔が差した、という言葉もまだ知らない年齢だったが、私はそういうことなんだろうと思った。
私があの時机の上に小銭入れを出しっぱなしにしなければ、えりちゃんにあんなバツの悪そうな顔をさせることもなかったのに。
母が言ったのも、そういうことなんだ。

その後、えりちゃんとは変わらず仲良くした。
でもお互い小銭入れの話をすることはなく、ピーターラビットが私のもとに返ってくることもなかった。