きのう、大根が冷凍庫から出てきた。
その前はマヨネーズが乾物収納庫から、そのまた前は日焼け止めクリームが冷蔵庫から出てきた。
全部、私が片付けたものだ。
なにか無くなったとき、それはめっちゃ難しい謎解きの時間のはじまり。
ぼんやりしていた自分がどんな思考回路でそれをどこにしまったか。
毎回かなりの難易度である。
日焼け止めクリームはまるで、自分は練りからしか生姜のチューブだとでも思っているかのように、すましてわさびの隣に鎮座していた。
思わぬものが思わぬところから出てくることは、私のまわりではわりとよくある。
燃やせるゴミのゴミ箱から金属のスプーンが出てきたことがある。
子どもたちが小さいころから、食べたあとは自分でさげるように教えてきた。
食器は台所に。
ゴミはゴミ箱に。
ヨーグルトやゼリーを覚えた1歳の娘が、食べ終わったあとの空のカップと一緒に毎回スプーンも捨てていたのである。
ちゃんとお片付けできてえらいね~、と目尻を下げながら見守っていたら、無造作にスプーンを捨てているのを目撃し、ちょちょちょ!っとなった。
富豪か。
なんかこの頃スプーンが足りないような気がするな、と思っていたが謎が解けた。
息子のふとんから、口の開いた芋けんぴの袋が出てきたこともある。
おやつで食べきれなかった芋けんぴを、こっそりベッドに忍ばせて夜な夜な食べていたらしい。
娘のエピソードはほっこりするものが多いが、息子のは秒でツッコミたくなるような話ばかりである。
その息子、今はおこづかい稼ぎに毎日洗濯をしているのだが、洗濯物のお届け間違いがはなはだしい。
娘のレギンスが私のクローゼットにかかっていたり、私の靴下が夫の引き出しに入っていたり、夫のトランクスが娘に届けられたり、もうめちゃくちゃである。
あげくに自分の服まで間違って届けたりして、ホントにこの子大丈夫かな、と心配になる。
うちの子ではないが、友人の息子にもおもしろい話がある。
友人がその子のペンケース、いわゆる缶ペンの裏側のふたを開けてみたらダンゴムシがうじゃうじゃ入っていて飛び上がったそうな。
どうやらペンケース内で飼育していたらしい。
授業中ヒマだから観察してたとのこと。
男の子って…。
虫と言えば、私は何百匹ものカマキリに寝起きを襲われたことがある。
要は、カマキリの卵を見つけて嬉しくて枕元に置いて寝たら一晩で孵っちゃったって話。
暖かい部屋でぬくぬくしていっせいに出てくる気になったのかもしれない。
朝、なんだかもぞもぞするなぁと目が覚めたら、薄いあめ色の少し透き通った小さな小さなカマキリたちが、私のまわりをうわーっと取り囲んでいたのである。
こっちこそ、うわーっ!である。
畳と布団におびただしいカマキリ。
なかなか見ない光景だろう。
今ならすぐスマホで写真を撮るだろうが、まだ写ルンですすらなかった時代だ。
写真はない。
でも目をつぶればすぐ脳内に光景はありありと思い浮かぶ。
静止画で、映像で。
負け惜しみではなく、それはそれで悪くないなあと思う。
不思議とその画は少しセピアがかっていて、昭和ってこういう感じよね、と私の頭が勝手にエフェクトをかけているみたいだ。
思わぬものが思わぬところから出てこなかった、話もある。
これも子供のころのことだ。
ある日母が妹のおむつの便を新聞紙に広げて、それはそれは丹念に割り箸でほじくり返していた。
0歳の妹が、目を離した隙に母のダイヤのピアスをひとつ飲み込んでしまったのだ。
母は、飲み込んでしまった妹も心配だっただろうが、ダイヤの行方も同じくらい心配だったはずだ。
ウンの中から光る一粒を見つけ出すため必死だった姿をよく覚えている。
3回分くらいのウンを丹念に探したが、残念なことにダイヤは出てこなかった。
今でも妹のお腹の中で光っているのだったらそれはそれでステキだけど、実際の話ダイヤはどこに行っちゃったのだろう。
人間に値段はつけられない。
ダイヤがいくらだったかは知らないが、仮に100万円だったとして、それを飲み込んだ妹の価値が100万円分上がるわけではない。
無限大にいくら足しても無限大なのね、と私はのちのち妙なところで納得した。