所用があり、神奈川に行った。
北海道を出るのは3年ぶり。
ひとりで飛行機に乗ったのなんて、15年くらいぶりかもしれない。
事件は、小田原から相模原へ向かう道中で起こった。
14時半に小田原を出た。
相模原での、17時からの飲み会には間に合うはず。
ところが、秦野で電車が止まってしまった。
信号機トラブルとのこと。
復旧は未定。
どうせすぐ動くでしょ、とのんきにスマホを見ていたが、みんなぞろぞろと電車を降りて行く。
あれ、そういう感じなの?
ホームでは、中学校の先生らしき人があわてて走ってきて、帰宅しようとしていたその辺にいた生徒を集めて対策を講じている。
生徒はそれぞれ、スマホで家に電話をしているらしかった。
マジですか、まいったな。
改札まで戻って、駅員さんに最善の策を聞いてみる。
小田原まで戻って茅ヶ崎経由で行くのが一番よろしい、と知る。
あれまあ、30分近くも乗って来たのに戻らなきゃならないのね。
17時には、間に合いそうもないな。
でも、しゃあない。
自分の力ではどうすることもできないものに、腹を立てたり頭を悩ませたりするのは無駄だ。
電車が止まるって、やっぱりすごい大変なこと。
そりゃ、災害時には帰宅難民になるわ。
関東の洗礼を受けたかのような、気分になる。
切符はそのままで振り替え輸送してくれるとのことだったので、小田原へ戻る。
小田原で、なんかよくわからないままに自動改札に切符を入れると、ピコーン!と扉が閉まった。
突然怒るのね、この機械。
すみませんね。
駅員さんに切符を見せると、「ああ、振り替え輸送ですね」と言って通路を通してくれた。
私鉄とかJRとかがよくわからない。
人生で「私鉄」と関わった経験がほぼゼロなのだ。
わたしの中で公共の交通機関は、地上を走っているのがJR、地下を走っているのが地下鉄、道路を走っているのはバスなのである。
おそらくわたしは、私鉄の切符をJRの自動改札に入れるとか、その逆をするとか、とにかくしっちゃかめっちゃかで相模原を目指していた。
考えたら、小田原で買った切符で小田原から出ようとしてるんだから、そりゃ機械だって怒るだろう。
いや、そもそも振り替え輸送のときって自動改札に入れたってダメなのかも、とのちに気づいたが、その時はなりふり構わずだった。
子どものころ、母がよく言っていた。
「口とお金があればどこへでも行ける」と。
そう、口さえあればどうにでもなるものだ。
わたしは駅員さんに尋ね尋ね、道中を急いだ。
小田原から茅ケ崎に向かい、相模線に乗り換えた。
各駅停車で相模原まで1時間ほどかかるらしい。
でも、あとは乗っているだけ。
少しほっとした。
時刻は16時過ぎ。
車内はそこそこに混んでいる。
飲み会には遅刻だな、なんて考えてぼんやり乗っていた。
ひと駅かふた駅くらい進んだところで、小学生とおぼしき女の子が電車に乗ってきた。
5年生か6年生くらいだろうか。
かしこそうな、しっかりとした顔つきをしている。
こんな小さい子がひとりで電車に乗るんだ、と感心した。
時間的に、これから塾か習い事にでも行くのだろうか。
えらいなぁ。
4年生の娘と姿がだぶる。
それからわたしはスマホでnoteをチェックしたり、子供たちにLINEしたり、外の景色を眺めたりしていた。
※
次に見たとき、女の子は眠っていた。
わたしの席の向かい側、6人か7人分離れたところにその子は座っていた。
床に置いた大きなリュックを股にはさみ、首からスマホをぶらさげ、両手をだらんとして上を向いて爆睡している。
小学生だって疲れるよね。
子どもだって、日々がんばってるんだよね。
と思うと同時に、乗り過ごしたりしないか心配になった。
考えたら、もう20分くらいは乗っている。
日常的に、小学生がひとりでこんなに遠くに行くものだろうか。
せいぜい、2駅か3駅はなれた塾なんかに通うのが普通なんじゃないか。
でもその普通は、わたしにとっての普通でしか、ないのかもしれない。
だって関東では、こんな小さな子がひとりで電車に乗るんだから。
もしかすると、1時間とかかけて、選りすぐりの塾に通っているのかもしれない。
いつものことなので、スマホにタイマーをかけて乗り過ごさないようにしているのかもしれない。
起こしたりしたら、
「この時間しか寝れないのに!おせっかいなおばさんのせいで、睡眠妨害された!」
とムッとするかもしれない。
わたしは、女の子が気になって気になって、目が離せなくなった。
周りは、女の子のことなど誰も見ていない。
その子の隣に座っている白髪のおばさんも、正面ばかり見てその子のことを気にする様子はこれっぽっちもない。
電車の外は日が暮れかけていた。
女の子に声をかけるべきか、このまま黙っているべきか、とても迷った。
言ってみればわたしは、この車両の中で「新参者」みたいなもんである。
さっき関東の洗礼にあったばかりの、関東交通機関初心者である。
ここに乗っている多くの人たちにとって、この光景は日常なのだ。
この時間に小学生が電車でひとり爆睡していることが、決して特別なことではないということだ。
仮にもし、どこで降りるの?とたずねて駅名を知ったとしても、その駅がどこなのかも、わたしにはわからないのだ。
わたしがしゃしゃり出る幕ではない。
そっとスマホに目を戻した。
中学生の息子からLINEが入っていた。
「そろそろカレー作ろうかな」
えー?今からですか?
もう17時過ぎてますけど。
あなた、今からカタツムリの歩みでジャガイモの皮むくんですよね?
晩ごはんは一体何時になるんでしょうか?
とツッコみたかったが、「頑張って!」とだけ返信した。
失敗すればいい。
そうやって、学んで強くなるのだ。
※
女の子の方を見ると、スマホで電話をしていた。
起きたのだ。
よかった。
電話の相手はお母さんだろうか。
話をしているうちに、目からみるみる涙がこぼれ落ちた。
やっぱり。
やっぱり、乗り過ごしてしまったんだ。
その瞬間、ものすごい自責の念がわたしを襲った。
その子に声をかけないことを選択した自分を、わたしは責めた。
電車の外は、もう暗くなっていた。
その子が電車に乗ってから、おそらくすでに40分は経っている。
女の子は降りるのが待ちきれないのだろう。
通話を続けながら、揺れ動く電車の中をドアの方へ歩いて行った。
終点も近づいてきた静かな車内に、女の子の嗚咽がもれる。
涙が止まることはない。
電車も、まだ止まらない。
初めて、いく人かの乗客が顔をあげて、その子の方を見た。
どうしたんだろう?という表情だ。
そう、おそらく誰も気づいていなかったのだ。
こんなにたくさん、人がいるのに。
いま駆け寄って声をかけたって遅い。
わたしは女の子に、大丈夫、この失敗はあなたを強くする、と心の中で伝えた。
自分にできることが、それしかなかっただけだ。
やっと電車は止まった。
終点からひと駅手前、南橋本でその子は降りて行った。
ホームの向かい側に、戻りの電車がすべり込んできた。
その電車に、女の子が乗るのが見えた。
※
外も暗くなって、知らない遠い場所まで来てしまい、さぞ心細かっただろう。
私にも、子どものころバスを乗り過ごして、知らない街並みを歩いて戻った記憶がある。
まっすぐ歩けば戻れるとわかっていても、不安でいたたまれなかった。
向かいの電車に乗れば戻れる、とわかっていても涙は止まらないのだ。
でも、スマホがあってよかった。
お母さんとつながっているのは、心強かったよね。
おばさんの妹は2年生のころ、迷子になってパトカーに乗って帰ってきたことがあったよ。
転校初日、ひとりで帰ろうとして全然違う方角へ歩いたらしい。
泣きながら歩いていたら、知らないおねえさんに声をかけられた。
「おねえさんといっしょにおいで。」と。
妹は泣きながら言った。
「知らない人についていっちゃダメなんだよ。」
お姉さんは言った。
「おねえさん、もう知らない人じゃないよ。」
あ、そっか。
と思った妹は、素直にそのおねえさんについて行き、交番に連れて行かれ、パトカーで家まで送ってもらった。
妹の帰りが遅いと心配していた母は、パトカーから妹が降りて来るのを見て、腰を抜かしそうになったらしい。
そんな、右も左もわからない妹でも、ちゃんと家に戻って来れた。
だから、あなたも大丈夫。
戻りの電車に乗れたのは見届けた。
あとは乗っているだけ。
この失敗で、あなたは強くなる。
それでも、声をかけなかったことを、わたしはあなたに謝りたい。
おせっかいだと思われても、周りにじろじろ見られても、起こして話しかけたらよかった。
ほんとうに、ごめんね。
※
電車を降りると、娘からLINEが入った。
「兄が玉ねぎと格闘しています」

玉ねぎで目が痛くなるから、ゴーグルを使用した。
それはいい。
なぜ君は、シュノーケルまでくわえているのですか?
そんなパフォーマンスしてる場合ですか?
もう17時半ですよ?
まだじゃがいもの皮むき、残ってるじゃないですか。
そう言いたかったが、やっぱり言わなかった。
失敗して、強くなってくれ。
それにしても、いろんな失敗があるものだ。
わたしは、飲み会の席へと急いだ。

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