鎌田さんのお姉ちゃんは6年生だった。
我が家の向かいにデデーンと建っている税務署官舎の4階に住んでいた。

お姉ちゃんは転校生だったし、2年生の私とは歳も離れていたので口をきいたことはなかった。
朝、スクールバスでちょっと憧れの存在としてチラチラ盗み見ていただけだ。

お姉ちゃんのお母さんとうちの母は今で言ういわゆるママ友だったので、私にマスコット作りを教えてやって欲しいと母が頼んでくれたらしい。

日曜日の午前中、お姉ちゃんはひとりで我が家にやって来た。
とても品が良く、礼儀正しいお姉ちゃんを私は羨望の眼差しで見つめた。

きちんとあいさつし、靴を揃え、正座して縫い物をするお姉ちゃんは私の憧れそのものだった。
鼻をかむ時、お姉ちゃんは「失礼します」と言ってから自前のポケットティッシュでフーンとやった。

私は、自分は6年生になっても鼻をかむ時「失礼します」などとは言えないだろうなと思った。

私は、恥ずかしくて思うように話せなかった。
でも照れていたのも最初だけ、お姉ちゃんに教わっているうちに目の前の作業に夢中になった。

人生初の縫い物として私が手芸本から選んだのは、手のひらサイズのニンジンのマスコットだった。
いちばん簡単そうだったからだ。

オレンジ色のフェルトから型紙通りニンジンの形を2枚切り取り、簡単な模様を刺繍し、2枚を縫い合わせ、綿を入れ、緑色のフェルトを切った葉っぱを付ければ完成だ。

何時間かけてそれを作ったか覚えていない。
だが完成した時にはお姉ちゃんはいなかったので、ひょっとすると何日かかかったのかもしれない。

オレンジ色のフェルトを縫い合わせる時に、緑色の葉っぱも縫い込まなければならなかったのに、それに気付かずニンジンだけを縫い合わせてしまった。
後からニンジンの頭にヒラヒラした葉っぱを無造作に縫い付けたので、葉っぱが前後にパッタンパッタンと倒れる仕様になってしまった。

それでも私は十分満足だった。
初めて自分で縫ったマスコット。

それがかわいいウサギとかクマじゃなくニンジンだったとしても、葉っぱがもげそうな粗末な出来だったとしても、そんなことは私にはどうでも良かった。

間違いなくあれは私にとっての原点だったのだ。

その後私はいろんなマスコットを作った。
もっと難しいものも縫えるようになった。
ビーズを縫い付けたりもした。

でも、あのニンジンほど強烈に覚えている作品はない。

お姉ちゃんとはそれ以来、スクールバスで会うと小さく手を振る仲になった。
そして程なくしてお姉ちゃんは中学校に進学し、同じバスに乗ることはなくなってしまった。