近所に高校があった。

幹線道路(とは言っても田舎の一本道)を挟んで向こう側に、校舎とグラウンドが並んでいた。
そして道路のこちら側に、第二グラウンドと呼ばれる小さな運動場があった。

その第二グラウンドを高校生たちが使っているのを見たことがない。
もっぱら毎朝のラジオ体操や、町内会のお祭り、子供たちの遊び場や少年野球の練習場として使われていた。

私が父とキャッチボールをしていたのも、妹が自転車の乗り方を練習したのもその第二グラウンドだった。

いつも小学生のたまり場になっていたので、行ってみると誰かしらいることが多かった。
男女学年問わず、いるメンバーで鬼ごっこをしたり、自転車の競走をしたり、駄菓子を食べたりと、日が暮れるまで思い思いに遊んだものだった。



その日は珍しく誰の姿も見えなかった。
ひとりで暇を持て余していた私は、グラウンドの奥の茂みの方に何か面白いものはないかと入って行った。

茂みの奥には子供の背よりも高いススキやガマの穂などがわんさと生えており、トノサマバッタやカマキリ、ギンヤンマなど心惹かれる虫たちが隠れている。
今日はどんな虫が見つかるかなと、ずんずん入って行くと、思いがけないものと目が合った。

白い子猫である。

家で動物は飼っていなかったし、猫を抱いた経験はなかった。
私は、どうにか近寄って抱っこしてみたい衝動に駆られた。

どうせすぐに逃げてしまうだろうと思ったが、子猫は意外にもこちらを見つめて逃げるそぶりは見せなかった。
驚かさないように静かに近寄って、しゃがんでそっと手を伸ばして撫でてみた。

どこかの飼い猫なのだろうか、人馴れしている様子だった。
小さくて真っ白いきれいな子猫だ。
私はできるだけ優しく手を伸ばし、お腹の下に両手を入れ、そうっと抱き上げてみた。

子猫は温かかった。
思ったより重いような、そうでもなく軽いような、不思議な感じがした。
柔らかくて、うまく重心が取れなかった。

誰かに、見て見て!と自慢したかったが、辺りを見回してもやっぱり誰もいない。
自分だけの秘密が出来た気がして、胸が高鳴った。

抱き方、合ってるかな?
猫ってどうやって抱っこするんだろう?

私は手を猫のお腹の下に入れて持ち上げていた。
子猫は私の手に引っ掛かるように、への字に垂れ下がっていた。
これではお腹が圧迫されて苦しいかもしれないと思って、一旦地面に降ろしてやった。

次の瞬間、子猫がゲーっと吐いた。
黄色っぽい泡のようなものを、子猫は吐いた。

スーッと血の気が引いた。
私の抱っこの仕方が悪かったんだ!
私のせいで子猫が死んでしまったらどうしよう!

立ちすくんで動けなくなった私を置いて、子猫はのろのろと茂みの方に歩いて立ち去ってしまった。



その日の出来事を、私は家族にはもちろん、誰にも言えなかった。
抱き方も知らないくせに興味本位で子猫を抱いて、そのせいで子猫が死んでしまったかもしれないと思うと、そのことを口にするのが怖かった。

もしかして今頃どこかの家で、あの白い子猫がぐったり動かなくなっているのではないか。
飼い主の家族はそれを見て嘆き悲しんでいるのではないか。
罪悪感に押しつぶされそうな気持ちで、しばらくひそかに思い悩んだ。

しかしその後、白い子猫の噂を聞いたことは一度もなかった。


猫が草を食べて毛玉を吐くことがある、と知ったのはそれからずーっと後のことである。