ピアノを習っていた。
練習が大嫌いだった。
毎日の練習が苦痛で苦痛で仕方なかった。
ならやめてしまえばいいようなものだが、母の「ほんっとうにやめてもいいんだね?」という、脅しのようなセリフに毎度ひるんで、ズルズルと続けていた。
母も私が前向きに練習に励めるよう、練習した日はカレンダーにシールを貼ったり、シールが集まったら賞状をくれたりと趣向を凝らしていたので、あの手この手で何とか続けさせようと頑張ってくれていたのだと思う。
そんな毎日の練習がストレスになっていたのかどうかは知らないが、夜中に起き出して突然ピアノを弾き始めたことがある。
寝ぼけたのである。
私の寝室は三畳間だった。
廊下をへだてた四畳半に両親と小さい妹がピアノを頭にして寝ていた。
深い眠りについている丑三つ時にいきなり耳元でピアノが鳴り響き、家族はどれほど驚いたことだろう。
笑えることに、私には寝ぼけている間の記憶が一切ないのだ。
翌朝の食卓で聞かされても信じられない思いだった。
何ひとつ憶えていない。
なぜ弾いたのか。
何を弾いたのか。
おまけに、布団を敷く時はピアノの椅子は廊下に出していたので、おそらく立ったまま弾いたのだろう。
暗いまま弾いたのか。
謎だらけである。
練習しなければやめさせられるとの強迫観念で、ピアノを練習する夢を見たのかもしれない。
自分のランドセルにおしっこをしようとしたこともあったらしい。
これは母が直前であわてて止めてくれたので未遂で終わった。
ランドセルは子供の私の腰高のフックに掛けてあった。
夜起き出してランドセルを開けたので何をするのかと見ていたら、おもむろにパジャマを脱ぎパンツをおろし始めたそうだ。
私は女子である。
当時は自宅も学校も和式のトイレだったので、毎日しゃがんで用を足していた。
なのになぜ腰高のランドセルにしようとしたのか。
その高さにどうやってしようとしたのか。
もし本当にしてしまっていたらどうなっていただろう。
汚れた教科書やノートは乾かしただけで使い物になっただろうか?
おそらく次の日は学校を休んだに違いない。
私は直前で止めてくれた母に心底感謝した。
それにしてもランドセルにおしっこをするような夢とはどんな夢だろうか。
大学生になった妹が寝ぼけているのにも遭遇したことがある。
妹の部屋に何かを借りに行ったのだと思う、ドアを開けると電気をつけっぱなしで寝ていた妹がむっくりと起きた。
そしてしくしくと泣き始め、本棚まで歩いて行き、本棚の裏側、本棚と壁との間に手を入れた。
手をうーんと伸ばし、届かない届かないと泣いている。
私は笑いをこらえるのに必死だった。
本棚の裏側に、いったい何があるというのか。
しかしここで笑ってしまっては妹は激怒するに決まっている。
ニヤニヤしているのが妹にバレないよう、普段出したことのない猫なで声で聞いてみた。
「どうしたの?」
なんでも、目覚まし時計が鳴っていると思いこんでいるようだ。
そしてその目覚まし時計は本棚の裏側にあり、手が届かずに止めることが出来ないと泣いているのである。
伸ばした手をしきりにバタバタさせてアラームを止めるボタンを探している。
寝ぼけている人と会話を続けてはいけない、と聞いたことがある。
半分寝ながら話すという行為は、起きている時とは違ってかなりのエネルギーを使うらしい。
もっと面白い会話を引き出したかった私だったが、笑い出したいのをこらえ妹をなだめてもう一度寝せた。
電気を消してドアを閉めて、声を出して笑った。
妹は次の日、まるで憶えていなかった。
その妹がある朝、さも言いたくてたまらないといった感じで市原悦子ばりに耳打ちしてきた。
「昨日の夜、目が覚めたらベッドでお父さんが隣に寝てた。」
その一年ほど前、大掛かりな模様替えをし、両親の寝室と妹の部屋を交換した。
妹はリビングの真上の部屋に、両親は中二階にそれぞれベッドを置いて寝ることになった。
酔って寝た父が夜中トイレに起き、新しい中二階の部屋ではなく、何年も寝ていた今では妹の部屋になっている元の寝室に戻ったのであろう。
そして妹が寝ているベッドに潜り込んだらしい。
シングルベッドに一緒に眠る大学生の娘と堅物な父。
今思い出しても笑いが止まらない。
驚いた妹が父を起こし、我に返った父は絶句したのち、
「おやすみ」
とだけ言って自室へ戻って行ったらしい。
翌朝、父はいつにも増して不機嫌そうに新聞を広げて読んでいた。
私と妹は目を合わせると吹き出してしまいそうで、うつむきながら黙って朝ごはんを食べた。
遺伝のなせる業なのか、私の息子も小さい頃よく寝ぼける子だった。
体温が上がると悪夢を見るようで、怯えて泣きながら起きてくることが多かった。
物が近くに寄ったり遠くに見えたりするらしく、泣きじゃくりながら自分の手のひらをじっと見ていた。
そしてその手のひらを掻きむしってさらに激しく泣くのである。
大丈夫だよ、心配ないよ、夢を見ていただけだよ、となだめても一向に興奮は収まらない。
冷たい水を飲ませても、しゃくり上げていて眠れそうにない。
再び眠りにつくまで小一時間はかかるのである。
その日もまた泣きながら起きてきた息子に、私は息子の好きなテレビ番組の録画を見せて落ち着かせることにした。
仮面ライダーだ。
オープニングの曲がかかって少し我に返ったのか、テレビに見入っている。
一話見終わる頃には落ち着くだろうと思った。
しかし私のこの見通しは甘かったのである。
敵キャラが出てきた瞬間だ。
ギャー!っと叫んで立ち上がり、激しく地団駄を踏み始めた。
尋常ではない息子の状態に私は飛び上がった。
半分眠っている脳の中では自分が襲われたように感じたのだろうか。
あわててテレビを消してごめんごめん悪かったと謝った。
普段好んでよく見ているテレビ番組でこんなにもパニック状態に陥るとは予想だにしなかった。
怖がらせてしまったことを反省すると共に、それを予想できずに息子を恐怖の底に突き落としてしまった浅はかな自分がちょっぴりおかしくもあった。
息子はこの一連の出来事をおぼろげに憶えているらしい。
ショッカーだかなんだか知らないが、襲われた記憶が強烈だったのだろうか。
私は他にも外に出て行こうとしたり、お風呂に入ろうとしたり、数々寝ぼけたが、一切記憶はない。
ちなみに、中3の息子は今でも原作本を購入して読むほど仮面ライダーが好きだ。
先日はおもちゃ売り場でベルトを買おうとしていたところを全力で止めた。
そして私は酒に酔っても記憶はなくさないたちである。
人間の脳は興味深いものだ。