九州酒蔵紀行①~三河守に降る闇~ part.17 | 道草days

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まだまだ知らない”日本”に出掛けてみませんか?

どーも

 

 

※2018/4/1のお話です。

 

 

今度は東側へ行ってみます。

 

 

 

まず最初に現れるのが岩をくり抜いた三の堀切。

 

加工しやすい岩なんでしょうか?これだけでも十分見応えがありますが、この後もっと凄いものが現れます。

 

 

そしてこれが三の丸。

 

 

三角点もあります。

 

 

曲輪内は完全な削平地というわけでなくこういう風に凸凹。

 

波多氏の砦ではなく本城として使われてきたわけですからそれなりに建物もあった事を考えると…うーん、建てにくそう。(;^_^A

 

とか何とか思っていると。

 

 

 

 

二の堀切登場!!両岸に石垣!!幅広っ!!

 

これは凄いなぁ!:*:・( ̄∀ ̄)・:*: 大 興 奮

 

波多氏は石垣の技術も持ってたのか~と感心してましたが。

 

(あれ?田舎の武士がこんな技術持ってんのか??) (・Θ・;)

 

と、なるとこんな事をやったのはあの人物しかいません。

 

寺沢広高!! ハッ ( ̄□ ̄;)

 

 

実はこの岸岳城、唐津城を築城した際、支城として総石垣の城に改修されていたのです。

 

位置的に東松浦半島の付け根に当たる場所なので平戸方面、佐賀方面からの侵攻ルート上の岸岳城は重要な防衛拠点として見られていたわけなんですね。

 

 

しかし、こんな山の中の城を総石垣にしようとは…寺沢広高恐るべし!(いいぞ、もっとやれ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

part.18へ続く。