私たちが帰宅してからはしばらく毎日、父や妹が仕事終わりに病院に寄り、母と面会をすることが日課になっていた。


母の仲の良い友人たちも時々面会にきてくれていたようだった。


私は、遠く離れた土地から毎日メールで母を励まし続けた。

離れて暮らしていて、母のことが不安で泣かない日はなかった。

母はメールでは明るくやりとりしていたけど、きっと不安で泣きたかったに違いないと思う。


それでも


    
お母さんのとなりに入院してきた人も、癌なんだって。同じ病気ですねって、仲良くなれたよ😊



    

看護師さんたちがみんな優しいから、お母さんさびしくないんだよ😊夜もしょっちゅう見に来てくれるから安心して眠れるよ。




    

昨日は汗びっしょりで寝れなかったんだけど

担当の看護師さんが夜なのに背中を拭いてくれて気持ちよかったよー😆


こんな前向きなメールを母はいつも送ってくれていた。

母はいつでも、私たちに心配かけないように明るく振る舞ってくれた。

私は、そのメールを見てお母さんなら大丈夫だよね。きっと癌も治るよねと、安心していた。


そんな中、病院の職員や患者さんの間でインフルエンザが流行しだしたとの理由のため、家族でさえも面会できなくなってしまったと知らされた。

毎日面会していた父や妹に会えなくなり、人に会うことが大好きな母は余計に心細さが増したんじゃないかと思う。気落ちしたんじゃないかと思う。

感染から守るためとはいえ、残りわずかな時間しか残されていない本人とその家族にとって、面会禁止というものは本当に辛くてひどい現実だと思った。