のろのろ読書 -3ページ目

建築と哲学/ジャン・ボードリヤール、ジャン・ヌーベル

建築の本は内容の難解なものがほとんどで疲れちゃうので、小説やエッセイとかわりばんこに読んでいます。
思想家ジャン・ボードリヤールと建築家ジャン・ヌーベルの対談集。
注釈や訳者の追記も多く、読みやすくなっている・・・はずなのだが。

対談の始まりは「建築にとって真実は存在するのだろうか」
第一の対話も第二の対話もそこから始まる。
ここでの建築にとっての真実とは、現実として存在することではなく
建築の本質を言っている。
「本質的な建築はこの世に存在しうるのか?」という対話が
じゃ本質って?真実って?建築って?
から美術・文化・政治・ヴァーチャリティ
と深まっていく。
のっけからぐぐっと心つかまれる内容だったので

「で?で?存在はするの?しないの?」

と思いつつ読んでいたが、
結局最後まで私にはその結論が見いだせなかった。
建築家は答えをもとめて
「あなたが言ったこの言葉は何を意味しているのか」
といくつも問いかけて
思想家は思考することそのものを求めるかのように、
結論を明言したがらない。
(私には)とらえどころのない言葉でかわし対話をすすめる。
しまいには建築家は
「あなたは何が言いたいのだ?」  と言ってしまった!

もう1・2回読まないとなぁ。

一番印象的だったのは
主体と客体の関係は「決闘的」な関係であり、
そこで主体は客体を「誘惑」したり「挑発」したりする。
計画されて結果のわかる「誘惑」など存在しない.
プログラム化は不可能で,
「誘惑」にはいつも秘密の領域がなくてはならない。
秘密の領域が「誘惑の領域」なのだ。
一方「挑発」とは
その隠しておくべく秘密(の領域)を全部さらけだしてしまうこと。

↑これ都市計画や建築の話です。
フランス人って難しいことでも色っぽい考え方するんですねぇ
建築と哲学

花人生/荒木経惟

とりあえず何かしらアップしたくって選んでみました。

読書といってよいのかなぁ。
アラーキーの写真集です。

人物を撮らずに 花 だけでここまでエロスを表現できる、アラーキーの底なしのスケベさに脱帽します.
いやいや、はっきり言って エッチ です。
花の写真なのに。。「どこ見てんのよ~ぉ!!!」って感じです。

最愛の妻の死を境に 花 を撮ることが増えたというアラーキー.

枯れ始めの花の妖艶な美しさ、
これから枯れることを思わせる輝きに満ちた瞬間の花々、
そして、枯れてしまった花・・・

女性の生と死を看取ったオトコの悲しさが漂っているように思えました。
オンナ のように輝き、老い、死にゆく 花 の美
(使い古されぎみの表現ですがまさにエロスとタナトスですね)
すべての写真の奥に妻洋子さんの面影がオーバーラップして見えてしまった.
こんなにも人に愛されてみたいものだと思う.

。。。がアラーキーみたいな手に負えないおじさんと添い遂げるには
よほどメンタルが強くないとだめなんだろうにゃ。
大変そぉ!
花人生