黒澤明の家の前に3日間も居座ったとか、役作りのために足首の切断を本気で考えたとか、奥歯を4本抜いて撮影に臨んだとか
役や作品へのブレない一本気の作り込みの本気度が凄まじかったんだと改めて思う
そんな強烈なエピソードを数多く残す松田優作だが、松田優作の真髄を感じさせたのはやはり『ブラック・レイン』の撮影時ではないだろうか
今やいろんな人に知れ渡った彼の壮絶なエピソード...
『ブラック・レイン』の悪役、ヤクザの佐藤役でオーディションを受けた松田優作
オーディション会場には監督のリドリー・スコット以外にも主役のマイケル・ダグラスもいたという
既にハリウッドのスターであったマイケル・ダグラス相手に一歩をも引かないどころか物怖じせず圧倒する演技で、瞬く間に佐藤役を手に入れる
しかし、この時既に彼は、彼の直接的な死因にもなる膀胱癌の病魔に冒されていたのだ
またとない憧れていたハリウッド映画出演のチャンス
オーディションを勝ち抜き、並々ならぬ思いで勝ち取った出演のチャンス
このチャンスを松田優作はなんとかモノにしたかった
また、病気のことが制作サイドに知れ渡るとせっかく掴んだチャンスも水の泡
必死に掴んだその役を降板せざるを得なくなる
松田優作は悩んだであろう
自分の生命を取るか、夢にまで見ていたハリウッド映画で自己実現をするか
日々確実に病魔に蝕まれていく自身の身体と引き換えに、松田優作は後者を選んだのだった
ここに本物の男の熱い本気度を見た
『ブラック・レイン』撮影中も血尿が止まらなかったという
しかし、病気のことをスタッフに決して悟られまいと、人が近くにいるところでは決してトイレに行かなかったという
辛い表情一つ周りには一切見せずに演技に没頭していたというのだから、後々知ったであろうキャスト、スタッフたちもさぞ感服したものだろう(友人の安岡力也だけは、松田優作から真実を聞かされ固く口止めされていたと言われている)
並大抵の精神力では到底真似できない
松田優作だからこそできた、男の決断だといえよう
このエピソードはかなり有名なため、『ブラック・レイン』を観たことある人は、映画に出てくる松田優作を観ながらこのエピソードを思い出したことが一回ぐらいはあるだろう
自分自身もそう
ただ、松田優作はこの作品でもいつも通り素晴らしい存在感を発揮しているため、病気のことを微塵も感じさせない
どころか、圧倒的なカリスマ性と存在感でグイグイと観る者を引き寄せていく
さすがプロの役者だなと
これぞプロ根性だなと
松田優作の精神そのものがプロフェッショナルだった
『ブラック・レイン』での松田優作の演技は正に“鬼気迫る”ものであった
ハードボイルドで且つ野生的でアウトロー、彼の特徴とも言える存在感を遺憾なく発揮していた
これぞ、松田優作
『蘇える金狼』、『野獣死すべし』で魅了された優作ファンが待ち焦がれた松田優作がハリウッド映画を通して久しぶりに帰ってきた
優作ファンは、そう感じたようだ
死去する数ヶ月前には、珍しくトーク番組に出演している
それは文学座で同期だった阿川泰子がMCをしていた『30:30』という番組
この番組の中で、古舘伊知郎からはからずして死について振られている
それは、松田優作が演じてきたジーパン刑事の話の途中に起こる
一瞬、松田優作が話に詰まり、顔が曇ったように思う
まるで自分自身の事を言われているように感じたであろう
しかし、古舘伊知郎には悪気はないし責めようがない
なぜなら、この空間で松田優作が病魔に冒されていることを知っているのは松田優作本人のみだったのだから
ほんの一瞬だけ、素の松田優作が垣間見えた瞬間だった
それにしても、この番組の中での松田優作はどこまでも穏やかである
映画で見せる物凄い存在感と近寄りがたい雰囲気は影を潜め、サングラス越しではあるが柔和な笑顔が非常に印象的だ
この時も病気は進行しているはずだが病気の素振りも一切見えてこない、いや見せない
どこまでもプロフェッショナル
『ブラック・レイン』が公開される頃には、もう既に1人では立ってもいられないぐらい彼の身体は相当なダメージを負っていたようだ
程なく入院生活となり立つことすら困難になってしまったようだが、排泄時は気力で立ち上がり誰にも見られないように配慮していたそうだ
どこまでも素晴らしい精神の持ち主だなと思う
松田優作が生き絶えた時、一筋の涙がこぼれたという
その涙が意味するものとは?
もっともっと長生きして、もっともっと映画に出演する、もっともっと演技を磨きたいという映画を心から愛し、演技の研究熱心だったという松田優作の無念の涙であったろうと推測する
見た目はどことなく冷たそうに映るが、実は中身はどこまでも熱い
ハードボイルドを地で行く松田優作
そんな松田優作からはカリスマ性が溢れており、男としてのただただカッコよさが残る
これからも、松田優作に影響を受けながら生きていくことだろう
ではまた!