ダイナースクラブの歴史
先日,ダイナースの誕生秘話の話題を書いたので,アメリカのダイナースクラブの歴史を中心に追っかけてみたいと思います。
USの文献を見ると,ダイナースクラブがクラブ組織を構築していったというよりは,新しいビジネスモデルであるクレジットカードの創世記に資金面,営業面で苦労していたということが窺えるような気がします。
特にアメックスがクレジットカード事業に参入してからは,ダイナースクラブの優位性が失われていった感じでしょうか。また,発案者であり創業者の一人であるフランク・マクナマラは,新規のクレジットカード事業がセールスマン以外には浸透しないと考え,創立の翌年にはダイナースクラブから去っています。このエピソードは,「会員クラブ」を作ったとされる逸話が完全に誤りであることを暗に示しているような気もします。
世界規模でのダイナースクラブ特有のフランチャイズ制が,アメリカやヨーロッパ,或いは日本でダイナースクラブの戦略を異にしたこと,また,本国アメリカで苦戦を強いられてきたことなどから考えると,現在日本でのダイナースクラブのイメージが,日本ダイナースクラブの努力とそれをささえた会員によるものであることが大きいと思われます。
なお,参考文献は下記に記しました。誤りや追加情報については,今後,記事編集により改めさせて頂きたいと思います。
また,通常の文字太さは主に日本以外のダイナースクラブの出来事を,太字は日本ダイナースクラブの出来事を記しています。
1949年 創業者たちの出会いよるダイナースクラブ設立
フランク・マクナマラ,ラルフ・シュナイダー,アルフレッド・ブルーミングデール(資本比率:マクナマラ70%,シナイダー及びブルーミングデール15%づつ)
※初期のダイナースクラブのクレジットカードは「小冊子」
1950年 フランク・マクナマラ事業から撤退
1951年 海外進出(最初のフランチャイズはイギリス)
1954年 年会費徴収(5US$)
1956,1957年 ダイナース側からアメックスに買収打診(実現せず)
1950年代後半 ラルフ・シュナイダー死亡
1960年12月2日 富士銀と日本交通公社出資による日本ダイナースクラブ設立(24番目)
1961年 日本ダイナースが全世界に先駆けてプラスチック製カードを発行
1961年7月 「Diners' CLUB MAGAZINE」発行
1961年12月 全世界のダイナースクラブの「小冊子」がプラスチック製カードに
1965年 チェース・マンハッタン銀行がダイナースクラブを買収検討
1967年 クレジットカードによるキャッシングサービス開始
1968年 高級カード発行を検討(実現されず)
1969年 コンチネンタル保険がダイナースクラブを買収完了
1970年 ダイナースクラブ倒産危機(クィーン・メリー号修復事業により)
1971年 ダイナースクラブ業績回復
1978年 国内初の海外国内共通インターナショナルカード発行
ダイナースマークの変更
1980年12月12日 シティバンクがダイナースクラブを買収(会員数90万人/US)
1981年 ブルーミングデール死亡
1987年 ダイナースクラブの発行枚数120万弱,取扱高49億$
1993年 US連邦政府の公式カードとしての契約解除
2000年 シティーコープが日本ダイナースクラブを買収
付帯サービス強化による年会費値改定 9,000円(税抜き,本会員)から15,000円
2002年 USシティバンクがダイナースクラブカルテブランシェ発行,アラブ首長国他がダイナースクラブ・エクスクルーシブ発行,シティーコープダイナースジャパンがダイナースクラブ・プレミアムカード発行
2004年 シティコープダイナースジャパンとシティバンクカードが統合され,シティカードジャパンに
参考文献:L.マンデル,「アメリカクレジット産業の歴史」,日本経済評論社
岩田昭男,「クレジットカードサバイバル戦争」,ダイヤモンド社
シティコープダイナースジャパン,「SIGNATURE 9月臨時増刊」,2000年9月
Web版「クレジットカードミシュラン」
USの文献を見ると,ダイナースクラブがクラブ組織を構築していったというよりは,新しいビジネスモデルであるクレジットカードの創世記に資金面,営業面で苦労していたということが窺えるような気がします。
特にアメックスがクレジットカード事業に参入してからは,ダイナースクラブの優位性が失われていった感じでしょうか。また,発案者であり創業者の一人であるフランク・マクナマラは,新規のクレジットカード事業がセールスマン以外には浸透しないと考え,創立の翌年にはダイナースクラブから去っています。このエピソードは,「会員クラブ」を作ったとされる逸話が完全に誤りであることを暗に示しているような気もします。
世界規模でのダイナースクラブ特有のフランチャイズ制が,アメリカやヨーロッパ,或いは日本でダイナースクラブの戦略を異にしたこと,また,本国アメリカで苦戦を強いられてきたことなどから考えると,現在日本でのダイナースクラブのイメージが,日本ダイナースクラブの努力とそれをささえた会員によるものであることが大きいと思われます。
なお,参考文献は下記に記しました。誤りや追加情報については,今後,記事編集により改めさせて頂きたいと思います。
また,通常の文字太さは主に日本以外のダイナースクラブの出来事を,太字は日本ダイナースクラブの出来事を記しています。
1949年 創業者たちの出会いよるダイナースクラブ設立
フランク・マクナマラ,ラルフ・シュナイダー,アルフレッド・ブルーミングデール(資本比率:マクナマラ70%,シナイダー及びブルーミングデール15%づつ)
※初期のダイナースクラブのクレジットカードは「小冊子」
1950年 フランク・マクナマラ事業から撤退
1951年 海外進出(最初のフランチャイズはイギリス)
1954年 年会費徴収(5US$)
1956,1957年 ダイナース側からアメックスに買収打診(実現せず)
1950年代後半 ラルフ・シュナイダー死亡
1960年12月2日 富士銀と日本交通公社出資による日本ダイナースクラブ設立(24番目)
1961年 日本ダイナースが全世界に先駆けてプラスチック製カードを発行
1961年7月 「Diners' CLUB MAGAZINE」発行
1961年12月 全世界のダイナースクラブの「小冊子」がプラスチック製カードに
1965年 チェース・マンハッタン銀行がダイナースクラブを買収検討
1967年 クレジットカードによるキャッシングサービス開始
1968年 高級カード発行を検討(実現されず)
1969年 コンチネンタル保険がダイナースクラブを買収完了
1970年 ダイナースクラブ倒産危機(クィーン・メリー号修復事業により)
1971年 ダイナースクラブ業績回復
1978年 国内初の海外国内共通インターナショナルカード発行
ダイナースマークの変更
1980年12月12日 シティバンクがダイナースクラブを買収(会員数90万人/US)
1981年 ブルーミングデール死亡
1987年 ダイナースクラブの発行枚数120万弱,取扱高49億$
1993年 US連邦政府の公式カードとしての契約解除
2000年 シティーコープが日本ダイナースクラブを買収
付帯サービス強化による年会費値改定 9,000円(税抜き,本会員)から15,000円
2002年 USシティバンクがダイナースクラブカルテブランシェ発行,アラブ首長国他がダイナースクラブ・エクスクルーシブ発行,シティーコープダイナースジャパンがダイナースクラブ・プレミアムカード発行
2004年 シティコープダイナースジャパンとシティバンクカードが統合され,シティカードジャパンに
参考文献:L.マンデル,「アメリカクレジット産業の歴史」,日本経済評論社
岩田昭男,「クレジットカードサバイバル戦争」,ダイヤモンド社
シティコープダイナースジャパン,「SIGNATURE 9月臨時増刊」,2000年9月
Web版「クレジットカードミシュラン」