ごきげんよう!
皆さまいかがお過ごしですか?
私は、こんな時に何もできない自分が嫌になったりもしたけど、せめて健康で家にいることが、他の誰かを守ることや負担を減らすことに繋がると信じて、ささやかな毎日を続けています。
労わろう、自分の身体。誰かのためにも。
あと少しがんばろう。
さて、いつかブログでエッセイでも書けたらなんて思っていたのですけど、なかなか行動に移せずで…ふと思い立って、ショートショートな短編小説を載せることにしました。
突然ですが今日から1週間、1日1本のつもりです。
連載でも共通のテーマがある訳でもないのですが、何かしらの映画を盛り込めればと思います。
挫折しないように、公開することにしました。
初めて部屋に彼女を呼んで、自作の歌を弾き語る男子のごとき照れくささがありますが、初めてそれを聞かされる女子のごとき生あたたかいお気持ちで、宜しければお付き合いください。
更新はだいたい21時頃を目指しています。
それではまた、明日の晩に☺︎
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第一夜 『オーバーザレインボー』
「あ、この靴…」
駅前に並んだショーウィンドウの1つに、見覚えのある赤を見つけて、万里子ははたと立ち止まった。
夜の20時前、まもなくライトが落とされるであろう2メートル四方のおもちゃ箱は、薄暗いロータリーを前にして一際煌々と輝いている。
そう、おもちゃ箱だ、とガラス窓を見つめる度に万里子は思った。可愛くてワクワクして、とびきり工夫を凝らした好きなものしか詰まっていない空間。
通りすがる度に足を止め、お気に入りの品を見定めるのが、ちょっとした楽しみである。
その中に、万里子の目を特に射止めた一足があった。
少しレトロなパンプス。チャンキーヒールにシンプルなベルベットリボン。全体がまばゆいスパンコールで覆われていて、色とりどりの赤色が煌めいている。
普段履くには派手すぎるし、もうこういったデザインが似合う歳でもない。それでも、一時目を奪われるには十分だった。
「オーバーザレインボーみたいだからだろ。」
耳に、懐かしい声が響いた。
あぁ、と小さく息を吐き、万里子は目を閉じる。
映画「オズの魔法使い」が、子供の頃大好きだった。
主人公ドロシーが、偶然東の悪い魔女を倒した後に譲り受ける、魔法の靴。ラスト、かかとをトントントンと3回鳴らして故郷カンザスへ帰るシーンは、何度真似をしたことか。
5歳の誕生日に、初めて親にせがんでよく似た赤い靴を買ってもらい、底が擦り切れてどうしようもなくなるまで毎日履いた。
父がまだ、同じ家にいた頃の話。まだ、海の見える町に住んでいた頃の話。
その靴に、ガラス箱の中の一足はとてもよく似ていた。
あの晩も、万里子は思わず足をとめ、「この靴…」とつぶやいた。
「欲しいの?」と彼は聞く。
「ううん。」と首を振って、万里子はそそくさと歩き出す。その背中に向かって、「オーバーザレインボーみたいだからだろ。」
思わず振り返ると、あぁ、この先一生忘れないだろうと確信した程の優しさを湛えて、彼は笑った。
こんな人が、他にいるだろうか。私は、好きな映画の話くらいはしたかもしれない。両親が離婚して、生まれ故郷を去ったことも話したかもしれない。でもこんなにも何もかも、私自身を汲み取れる他人と、伝えなくても理解し通じ合える相手と、この先出逢うことはあるのだろうか。
その晩幾度も、万里子は感謝をした。誰に、何に向かってかはわからないけれど。
「欲しいの?」
はっと、万里子は我に返った。
左肩から覗き込む若々しい顔、少しおずおずとした声。記憶の中の人物とは違う姿に戸惑い、慌てて時を戻す。
「ううん。前にも似たようなの、見たなって。」軽く答えて、万里子は歩き出す。
「買ってあげるよ!まりちゃん、きっと似合うよ。」振り返ると、屈託のない懸命な笑顔が眩しい。
「ううん。でも、ありがとう。」
胸の奥深く、疼いた塊を押し込めて、万里子は微笑みを返した。とてもとても小さく、かかとを3回鳴らしながら。
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