いつものように6時前に起き
ベランダに出ると、真っ赤なハイビスカスが目に飛び込んだ。
 

 
最初の花が散ったあと、少しずつ大きくなったつぼみが、そろそろ咲くかな?思っていたら今朝咲いた。
良い日になる予感。
 
朝顔の方もぐんぐん伸びている。

 
礼拝は10時からの部に出席。
マルコによる福音書7章14節から23節。
読んでいて、これまで勘違いして読んでいたことに気づいた。
 
「外から人の体に入るもので人を汚すことのできるものは何もなく、
人の中から出て来るものが人を汚すのである。」
 
キリスト教では、他の宗教と違って食べてはいけないものはない。でもイエス様が活動されていた時代は違った。ユダヤ社会、つまり旧約聖書の時代は、清らかなもの、汚れているので食べてはいけないもの、が厳密に規定されていた。
手を洗う、盃・器、寝台を清める等の規定も厳しく守られ、衛生観念・感染症対策としては正しいかもしれないけど、意味合いは違う。市中の罪人・異邦人等の汚れた人々から自分の清らかさを守る為のものだった。だから、当時罪人とみなされたユダヤ以外の民、取税人、重い皮膚病の人々などと食事を共にすることなど決して許されない。
 
でもイエス様は言う。
 
食べ物は人の心の中に入るのではなく、腹の中に入り、そして外に出ていく。心を汚す事はない。
人の心の中から出るものこそが、人を汚す。
 
これまで、人から出る悪口や悪がそれを受けた人を傷つけるってなんとなく思っていたのだけど、あ、違うんだと気づいた。
人の心から出る悪い思い、悪意、妬み、悪口や傲慢な思い、悪が自分自身を汚しているんだ。
それが罪。
それを清めることは、人間には出来ない。
清めることができるのは、神の許しのみ。
大切な気付きだった。
 
 
午後は夫と豊島区にある熊谷守一美術館に行った。
館内は撮影禁止なので、外観のみ。
 
 

 

 

山崎努さんが熊谷守一を演じ樹木希林さんと共演した「モリのいる場所」、見たくなった。
これ、ぴったりの配役よね。
 
 

 

76才で軽い脳梗塞を起こしてからは、自宅の庭で蟻や蝶などを描く生活をつづけたモリさん・・・その蟻とサインを外壁に刻んでいる。

守一死後、自宅を娘の榧(かや)さんが私立美術館にし、その後、豊島区立の美術館になった。
 
三階建てで、エレベーターはなく、夫は一階のみ観賞。でも障害者本人100円、介助者無料で、私はいつものごとく介助らしい介助は全くしなかったのだけど、二人で100円。ゆっくりじっくり観賞して、その分と思って絵はがき3枚とマグネットを一つ買った。
 
封筒に貼ってくれたシールもモリの蛙。

 
マグネットは白猫

 
泥人形

五月人形の鯉が可愛い。
 
絶筆となった揚羽蝶

どちらも板に油彩。
単純化された構図と色。
 
こちらは3階に展示されていた「日輪」

紙にパステル
 
 
墨絵も、鉛筆による作品も、まるで子供が描いたような自由な作品で、つまり日本のピカソ?あるいは現代の一茶?
いやモリはモリ。好きだなぁ、この作品達。
 
無駄を一切削ぎ取って、対象を見つめる慈しむような視線を感じる作品で、来て良かった。
館長で次女の榧さん、画家・陶芸家、なんと現在91才だけどお元気で、昨日も美術館に顔を出されたそうだ。モリさん自身97歳で他界。長寿の家系なんだろう。
 
 
帰りに以前はよく通った「氷川台駐在所」の交差点を曲がる。少年鑑別所の前にある。
へぇ!ここ交番じゃなくて駐在所だったのね。駐在さんがいるから駐在所
交番は「交代で番」をするからか~?考えたことなかったけど。
 
朝の予感通り、なんかいろんな発見のある素敵な1日だった。