Ⅲ 神のもとにおける救い <神>
  聖書の神
  3・イエスの愛

 魂の故郷を思い出してしまった人々にとっては、何よりも大切なものは絆であり、愛し愛されること、心を尽くして生きることでした。
アウグスティヌス(古代キリスト教の神学者)は、「祈りは魂の呼吸である」と言った。「この自他を救い、自他を幸福にする愛の願い、それが祈りの心である。愛する心からは、自然に祈りがわき出る」(66)
 信仰も自己実現もそこから外れたものは意味を失います。真の自己実現は、他者を含むことが大前提であり、信仰の道は、捨てることはあっても失うことはない、導かれているのです。
「まして天の父は求める者に聖霊を与えてくださる。」(ルカ11,9-13)恵みの働きは信仰によって明らかにされますが、信仰とは聖霊が顕現(けんげん)する恵みでもあります。
 恵みとは、キリストの生命に生き、生かされることです。(66)喜びを置き忘れていた人生に至福が訪れるのです。恩寵は人知を超えた計り知れないものです。
永遠の生命にして何を得るのか。永遠でないものに執着するな、「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」(ルカ9,23)

 

 

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 モーゼは脱出させ、約束の地へ導いた。イエスは真の脱出を促し、大いなる光輝のもとに、永遠の生命に至る道へ導く。「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇を歩かず、命の光を持つ。」(ヨハ8,12)

 

(66)奥村一郎著「祈り」女子パウロ会 昭和51年  P29-31