私が旧約聖書の最初のあたり、創世記や出エジプト記を読んでいて、違和感を持ったのはもうかれこれ何年前になるだろうか?よく覚えてはないが、10代の頃だったよううな気がする。よく自宅訪問をしているちょっとカルトな噂もあるある団体の方から聖書を頂いた。その聖書は新共同訳や口語訳の聖書ではなかったが、聖書は聖書だった。それを読んでいたときのことだ。(でも、この聖書だってそんなに悪くはないと思う。)旧約聖書だからキリスト教のみならずユダヤ教の方も読んでいるだろう。そこに登場する1神教の神に対して違和感を持ったのだ。

私以外の神を崇めてはいけないという教えや、当時奴隷の民だったユダヤ人の神がファラオに対して色々と対抗というか懲らしめるような描写(うる覚えで申し訳ない)を読んでいて、なんでこの神はこんなにも人間臭いのだろうと。このような善悪の判断をしたり、戒律を守らないものに罰を与える神が果たして天地万物を創造した神なのだろうかと、当時非常に疑問に思ったことを覚えている。

今でもその考え、違和感は持ったままだ。そのような違和感に対して、一つの可能性としてたまに考えるのが、古代宇宙飛行士説だ。あの有名なシュメール文明に神々(アヌンナキ)が関わっていて、人類の起源はホモエレクトロスにアヌンナキの遺伝子をかけ合わせて人類が誕生したというものだ。(かなり簡潔に書いたし、間違ってたら私に責任がある)

私はユダヤの神ヤハウェをそういった次元の、ある種の宇宙人なのではないかと今でも考えている。万物(宇宙)を創造した神とはまたそれとは別の次元の存在のような気がしてならないのだ。