陽気が春、春を感じます。
12日以降、からだが軽くなったようだ。
すべてをさらけ出したせいかな。
会社に対して、隠し事はなくなったので。
それできっとそうなのだろう。

辞めるのは自分の中では規定路線。
なのだが、慰留と恫喝めいた対応に
心が少し揺らぐ。

母はなんだか抜けた顔。
苦しみを抜けた、という感じの。
普通に話せそう、監察してる感じ。
辞めることはまだ言ってない。
感じてるのかもしれないな。


意識レベルが下がった。
呼吸がだんだん浅くなって血中の酸素濃度が減っている。
顔色も悪く、目の下にくまができた。
危篤となってから22日。
尿漏れパッドがなくなったからというので60枚も買ってきた。
これであと60日は大丈夫。

母が死に向かっていくのと同時に、自分の気持ちも固まっていく。
今日、会社に辞職を申し出た。
先のことはわからないが、決めるべき時がきたと思ったので。
なんの希望もないが、生きてりゃなんとかなるだろう。
生きてさえいりゃ。
いつのまにか前歯が一本、ない。
吸引ってのをするときに、当たって抜けて
きっと胃袋に落っこちたらしく。
まあそのうち出るだろ。
子供みたいな顔になってて笑う。

今日の母は、昨日から一段と弱ったように見える。
少し陰ってみえる、外の陽気が明るすぎてそう見えるのか。
目はよく動く、看護士さんも表情がとてもいいといってくれる。
たまに俺を見る、けれど思いをくみとることは相変わらずできない。

この人は、この数年ほとんどベッドの中で
どれだけ自らの死を思ったのだろう?

弱っていってるようにみえない、
期待で目が霞んでいるからなのか。
喉に管が入ってるから、口からものが食べられない。
それは自分の舌で窒息しないための必要な措置なのだが、
点滴だけで生き長らえてる姿は気の毒だ。
でも西洋医学的に延命させればきっと、苦しみが増す。
どっちがいいんだろう?
どうしてやるのが母にとっては、ベストなのか。

そういえば、もう何年も母から怒られたことがない。
こちらが怒ることはあっても。
怒ってばっかだったな、俺。
小さいこどもの時、怒られた記憶はあるが具体的には思い出せない。
怒られたいような、そんな今の気持ちがあることに気づく。
スッゲー恐いときもあったよな!母さん。

薄目をあけながら母はイビキをかきはじめた。
ベッド脇で椅子に座って俺も、少し寝たようだ。