大雨が花粉を洗い流します。

不安も一緒に流してくんないかな、と。

きっと洗われて綺麗になってる事でしょう。

今年のゴールデンウイークあたりには。

 

母は少し良くなっているのでないか、と。

表情や目の動きや、そばで妹と話してると

反応してるような気がします。

苦しんではないようで、でも

動けなくて伝えられなくて辛いだろ。

 

桜が咲く頃まで、生きていてくれるかな。

それよりもっとはどうかな。

季節は何も答えてはくれない。

 

 

 

何故、階段の途中の平らなところを「踊り場」って言うんだろう。

母の容態はそれほど悪くないように見える。
自分が風邪をひいて二日来れなかった、二日ぶりに見る母の感じは悪くない。
ただ、質問には答えない。
聞こえてるならなんらかのアクションしてと言っても、変わりがない。
それでも、意識を失ってから二日前までの様子とは違う。
声帯まで管を通してあるから、喋れないのが幸か不幸か。
声が出せたらきっと、嫌みや恨み辛みをたっぷり聞かせられるはめになるかもしれない。
それは嫌だ。

今は踊り場にいるのだろうか。
階段は思ったより長く続く。
確実にそれはあるところへ向かってはいるものの
いつになるのかまったくわからない。
時々踊り場で、いろいろ考えるんだろう。
これからもいろいろ考えるんだろう。
母もなにか考えてるんだろう、それはいったい
なんなんだろうかと、オレは
踊り場で立ちすくむのです。


昨夜から痙攣が始まった。
看護士さんによると脳の異常な状態があるためらしく。
薬を増やした、そしたら呼吸が浅くなった。
よく見てないと死んでしまっているみたい。

日に日に弱っていくんだな。
正直つらいが、目を背けてはならないと決めた。
そうすることしか出来ない、だからそうする。
今さらじゃない、今だからだ。

天国の明かりがもう見えちゃってるのかな?
いろんな音が聞こえてるんだろうか。
もう現実世界の光や音とは遠いところに
いるのだろうか。

なんか言って欲しい気もするし
言ってほしくない。
この際なにも言わないで、苦しみから
解放される悦びだけを得て
安らかな旅立ちであって欲しい。

死の準備を、着々と
淡々とこなしている。
妹も折れも体調がすぐれないのは
母に引っ張られているからなのかも
しれない。