5月5日はこどもの日。

前々日、冷え込む軒下で火の番なんぞしたせいで、たぶん
風邪をひきまして。
5日の朝、消防の当番でサイレンを鳴らしに行ったまでは
よかったのですが、
その後グングン体調が悪化し、結局一日ベッドの中。
風邪かと思ったけど、単なる疲労の蓄積だった模様。
夕方には回復しました。

しかし、こどもの日のすごし方としては
どうでしょう?
前日から息子の友達が一人泊まりにきてくれてたんですが、
相手できずほったらかしで
朝起きれずにご飯も娘にお願いし、娘はそのあと従姉妹とカラオケヘ。
息子の友達の親が迎えにきて、息子も連れ出してくれたので
こどもの日の我が家は、具合の悪い親父と婆さんの二人だけとなりました。

子供たちが帰ってきたらと思い、夕方から肉じゃがを作り
サバを焼き味噌汁も作りご飯を炊いて待ってました、が
結局みんな飯はどこかで食べてきたっていうことで。
塩っぱい肉じゃがをつまんで今夜も呑む私です。

息子はそのまま友達の家へ、娘も従姉妹の家へ
それぞれお泊りするようです。
静かなこどもの日の夜。


久しぶりに一気に本を読みました。
今売れに売れている、たぶん今年一番の売れ行きとなるでしょう。
おそるおそるページを開きましたよ。

なぜかというと、私はこの方の作品には半分半分の思い入れがあるので。
「ノルウェーの森」あたりから「あれ?」と思い始めて、今に至ります。
それはなぜかというと、「風の歌をきけ」から「ダンスダンスダンス」に至る連作がいちばん好きだからです。
そうコメントする方も割りといらっしゃるようで。
「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」もある日突然大好きになりました。
読み終えてからしばらくは、物語の中から出られずにただ冷蔵庫までヨタヨタと這って行って、グラスに氷を入れたウィスキーを飲みながら現実にじわじわと戻る、みたいなことがありました。
よくありました。
メッセージがないと批判する方もいらっしゃいますが、私にとってはメッセージなんかを春樹作品に求めてはいないようです。
たぶん匂い、とか同質感のような、言葉では上手にいえないのですが。
そういった感覚的なシンパシーがあって好きになっていったんだと思います。

まだはっきりと形にはならない読後感なのですが、
ちょっと良かったです、ちょっとって言うのも失礼なんでしょうけど。
初期3部作に通じるものが感じられました、「匂い」ですかね。
あと「勘」ですね、小説中にも出てくるけど自分が信用するところの感覚。
ハッピーエンドになることはまず間違いないでしょう、それがちょっと違和感の部分ですが。
38歳からの新たな人生観を描いたわけなんでしょうけど、48歳になってもまだ鼠の影をひきずっている私にとっては、おいおいもうそんな感じなの?と思ってしまいます。
羊男のいる部屋が我が家のどこかにあるんじゃなかろかと未だに思っている48歳です。

でもそんなじゃあ田崎つくるくんはまっとうに生きてはいけないから、ね。
いいでしょう、幸せになるんだよ!と送り出してやりたい。
彼女の満面の笑顔なんかきにすんな、と言ってあげたい。

やっぱ痛みが残るよねぇ、春樹作品はさ。
あそこが一番、読んでてグッときた。
「もともと空っぽであったものが、再び空っぽになっただけだ。
みんなが彼のところにやってきて、彼がどれくらい空っぽであるかを
確認し、それを確認し終えるとどこかに去っていく。
あとには空っぽの、あるいは空っぽになった田崎つくるが
再び一人で残される。
それだけのことではないか」
ずいぶん前に、鼠がつぶやいた言葉に似ている。




寒いです、5月なのに吐く息が白いぃ。
もはや正しい季節感なんてものは存在しなくなった、のかもしれません。
そんな中、娘が休みで帰ってきました。

娘は中二。
なんかすべてがピーク、な様子。
でも料理を作ってくれたり、いろいろ助かります。
いろいろあるようです。

夕方、部屋に行くとなんだかそわそわしている。
息子もいて困った困ったこれは困ったことになったぞと言うばかり。
結局その日はなにもなく。
翌日、我が家は恒例の炭焼きでしたが、
ひととおり焼き終わって、一人私暗がりで火の番をしてましたところ
息子がまた来て、困ったわけを話しますということで。
妹と話したんだけどぉ、なんかさあ長野に帰りたいって言ってるよ。
むむむ?
なんと、おまえもか。
しばし考え込むお父さんでしたが。

翌日、娘と話し合いました。
理由ははっきりしないけれど、こっちに来たい気持ちに偽りはないようです。
しかし、これといった理由もないのに今の安定をなぜ捨てるのか、わかりません。
イジメか?と聞くとそうじゃないという。
隣の芝生のほうがなんだか良さそうみたいな話じゃね、困ります。
決め手を欠く娘、しぶしぶ思いを引っ込めた模様。

おまえの気持ち、わからんでもない。
が、人生の中では我慢が必要なときも多々あって、今はそのときなんじゃないかなと、お父さんは思うのです。
ひととの関わり、とタイミングですよ、動く時がきたならばそれらの事象が教えてくれます。
今をおろそかにしたら当然、未来もろくなもんにならない、と
経験からお父さんは娘に話すのでした、自戒をこめて。

まだまだ波乱は起きそうな予感。