そういえば、初めてではなかろうか、
息子の授業参観でした。
それも高校でデヴュー!
私だって父が来たって記憶はないですね、
来てないですね。
私が問題起こして、父が校長室に一緒に呼ばれたことはありました、
あれは辛い思い出です。

今回参観の授業内容は、家庭科!
ユルイ、、、。
家庭科の先生は担任です、それでか。
等親の勉強ができて良かったです。
そのあと学年PTA、全高PTA総会があって
昼から学級懇親会があり、お茶とサンドイッチが出ました。
自己紹介(だれだれの父でござい)から始まって、
息子がこうたらどうたらと話していきまして、
境遇が一緒だなぁとか、不安も一緒だぁとか
感じ入りつつ1時間くらいの会合でした。

さてですね。
私が今日感じたのはですね、
ティーンエイジャーの孤独感。
昔を思い出していたんです、あの焦燥の日々。
い並ぶ親御さんの中で、そんな自分本意な感想を
抱いてPTA総会に出てる親はきっと私くらいでしょう。
まるで自分の昔のことのように、それもリアルに
居心地の悪さを感じながら、目の前のサンドイッチに手もつけられないまま。

あ~あ、落ち込むんだよなぁ。
なんてね。
秋田へ向かう道すがらのこと。
運転中の先輩が、
「うちの会社はね、親孝行月間ってのがあるんですよ」
と後輩の私に、いつものように敬語で。
先輩の会社のものを私の会社が買っていますので
先輩が敬語を使うということになってしまっていますが。

私はこの先輩が好きです。
一緒に旅をするようになったのが最近でして、
中国での長い旅にも同行してもらいました。
数人いるアテンダーの中で私が気が合う方のひとり、です。

「親孝行月間てのはね。」説明によると、
昇給に絡めて一ヶ月、自分の親に孝行したことを
レポート用紙にまとめ提出しなさい、というのが社長命令。
始めは社長の無茶ぶりと、そう感じて照れくさくて
今更それはないなぁと思っていたそうですが、しかし
管理職として仕事としてやらねばならないのでして
考えたあげく、母親の足を洗うことにしたそうです。
理由は聞いたが忘れました。
読書家の先輩のことだから、なにか曰くがあったんでしょう。
自分が照れて母親の前につくと、それ以上に母親が緊張してたそうです。

それを見て先輩は、ことの意味を悟ったのです。
親孝行は、親のためではあるけれど何よりも
自分のためであった、と。
自分の今ある立ち位置が逆転するのを感じたそうです。
照れくさいと思っていた心が晴れていくのを感じたそうです。
「ああ、私じゃなくて母が照れてるんだなぁ」
逆転満塁ホームランな感じ、でしょうか?意外性と爽快感。

私は移動中の車の助手席で、先輩が語るその話を聞きながら
自分の中で何かが氷解していく感触をじわじわと得ていました。
話を聞きながら、そのときまでの自分と母との関係を思い浮かべていました。
嫁と子供を追い出したかのようにみえた母を私は、当時は許せませんでした。
最近までまともに口も聞かない日々、それはお互いにとって正しく地獄の日々。
そこにあるのはもはや理由の存在が薄れて形だけが残る、
憎しみの骨格が立っているだけの風景。
いったいいつまで続くのか、と。
きっと死ぬまでこれは続くんだろう、と。

ああ、今ここで私は、リセットするべきなんだ、と
啓示とゆうか、雷に打たれたというか
にわか雨のごとく地面の色が変わっていくかのような
心の変化を感じていました。
そして
出張の翌日、私は一人で病院にいる母を
迎えにいくことができたのです。

2週間ほど経って今、私と母との関係は以前よりも多少
まともな関係になっていると思います。
この4月から一緒に暮らすようになった息子がいて
彼がいてくれたのも大きいです。
彼もまた、急激に変わってきました。
変化を強いる人生の時、というものがあるんだなぁと
いま実感しているところです。
そのサインに気づいて、それまでの固執を捨てて
変化を受け入れることができるか
私の人生はそのことの繰り返しです。
きっとこれからも。

出会いに感謝。