東京地方は寒い一日でした。
さて、昨日のお約束通り、「郷土玩具」と、わがリスペクトするみうらじゅん氏が発見、命名した「ゆるキャラ」や「いやげもの」の比較論、あるいは、「郷土玩具」、「ゆるキャラ」、「いやげもの」の将来の可能性について、多少の考察を行ってみたいと思います。
まず、定義からです。郷土玩具とは何か、古来から日本各地で作られた玩具、地域の伝統工芸品という性格もあります。また、その地域の産物を材料として用い、信仰に結びついた物や地域の動物などをモデルにしたものが多いといったところが一般的な定義でしょうか。私のコレクションしたものでいえば、三春駒、木下駒、八幡駒、ちゃぐちゃぐ馬っこなどは、まさに工芸品であり、馬という農耕には欠かせない動物をモデルにしています。また、信仰という意味でいえば、奈良の手向山八幡の絵馬はそうでしょうし、その地域の産物を使っているということでいえば信州や甲斐のわら馬は、稲わらを素材にしています。土ものでは、伏見の土人形の馬がそうでしょう。
ところが郷土玩具を極めた先人たちは、より厳密に定義しています。稲垣武雄さんは、行事や祭礼で授与・販売される玩具であり、鑑賞に堪えるもので、方尺を逸しない大きさと、より厳密です。奈良の法華寺だったかと思いますが、団扇がそうかもしれませんし、福岡は大宰府のうそ替え神事の「うそ」などがそれにあたるでしょうか。山田徳兵衛さんは、地方で考案・生産された、その地方の特色を持つ玩具であるといいます。稲垣さんのような、鑑賞に堪えるというような主観性を排しています。梅田之さんは、古くからつくられてきた伝統的な玩具と、新たに作られた玩具があり、新たに作られた玩具を創生玩具と呼ばれることもある、しかし、基本的に郷土玩具と呼ばれるものは、古い伝統を持つものだとしています。3人の先人たちの定義で、私が疑問に思うのは、「古い」という言葉です。いつの時代からならば古いというのでしょうか。さすがに旧石器時代とか、縄文・弥生時代とは言わないとは思いますが。
先日、とある骨董市で、北欧系の方が、郷土玩具を求めていました。英語で「これは何ですか?」と業者さんに聞いていました。両親が愛する子どものために作ったこともあったかと思いますし、こけしのようなプロの木地師、つまりcraftman,craftpersonの手になるものもあるでしょうし、農業や漁業をやるかたわら、手先の器用なセミプロの方が作った場合もあるのではないでしょうか。アーリーアメリカンのブリキのおもちゃは、武骨な父親が作ったものかとも思います。
さて、つづいて、「いやげもの」の定義です。これは、みうら氏が、そのご著書でお書きになっているように、観光地で「誰がこんなものを買うわけ?」と思わせたり、その土産物を贈られた相手から「いらないよ」と突き返されるような、もらっても全くうれしくない20世紀の愛すべき土産物と定義されています。
具体的には、木彫りの熊の置物、秘法館で売っている〇〇の形をしたキーホルダー、話がそれますが、秘法館も今や昭和のころの産物と化しているようですし、去年だったか今年の初めに「秘法館という装置」という書名と記憶していますが、学術書が出版されました。また、先日、テレビで今、若い女性の間に秘法館ブームが起きているという話をやっていて、妙にうれしかったものです。これは余談。さらには妙に凝った地名入り提灯やペナント、「甘えた坊主」などの具体例が、挙げられています。私自身は骨董病にかかった最初のころ、「甘えた坊主」を骨董市で買いました。それは木彫りで居眠りした小坊主さんのお顔に魅せられたからでした。木魚に持たれた小坊主さんの肩にネズミがのっています。もの知らずの私は、これは何だろうと、長い間、その解明に取り組んできました。そして、ある日、頓悟したのです。画聖とまつり上げられている雪舟伝説にまつわるものではないかと。お寺で修行をしていた雪舟の子供時代、いたずらをした雪舟は、懲らしめのために、和尚さんから、柱に縛られました。幼い雪舟は泣き出してしまい、その涙で、床にネズミの絵を描くうちに眠りこけてしまいます。しばらくして、様子を見にきた和尚さんが驚きます。そのネズミが今にも幼い雪舟を齧ろうとしていると見えたからです。雪舟の画才を認めた和尚さん、雪舟に画家になることを勧めた、かくして画聖・雪舟が誕生した、めでたし、めでたし、というお話しです。これは厳密には画聖・雪舟にまつわる伝説なのか昔話なのかという疑問がでてきますが、その疑問はひとまず置いて。というのは伝説や昔話にまつわる郷土玩具も多いからです。あるいは、郷土玩具の権威付けのために、もっともらしい伝説や昔話をつけたのかもしれません。この辺は今後の考察を待ちたいと思います。では提灯やペナントはどうでしょうか。提灯は民具でしょうか。小田原提灯は民具と言えると思いますが、「いやげもの」とされる毒々しい色で塗られ、地名がついているというだけで、差別されるのはかわいそうだと声を大にして言いたいところです。また、ペナントは、pennantというれっきとした英語です。英語だから偉いのではなく、船がかかげる大小の旗、あるいはスポーツの優勝旗や応援旗、つまりは和洋折衷の産物なのです。また、ペナントが日本に入ってきたのは、明治以降でしょう。したがって、郷土玩具でいう「古さ」は十分、満たしているのではないでしょうか。私が言いたいのは、和洋折衷、わるいは和魂洋才の象徴としてのペナントです。
なお、みうら氏のおかげというか、ご努力、ご尽力で、「いやげもの」は、皆さまもご承知のとおり、「国宝いやげもの展」として、大出世を遂げます。また、みうら氏のお人柄か、「いやげもの」の定義として、「愛すべき土産物」という一言に、私はみうら氏の愛を感じるのです。
さて、続いては、「ゆるキャラ」ですが、命名者はみうらじゅん氏だとされていますが、その一方で「ご当地キャラ」という言葉もあります。つい最近、「ゆるキャラ」の今年度の優勝者が徳川家康くんに決まったと聞きました。「ゆるキャラ」も「ご当地キャラ」もそれぞれ、立派なサイトをもち、会則なども決まっているようです。また、その正統性をめぐる対立もあるやに聞いていて、そも動向については今後も注視していかなくてはなりません。しかし、「くまモン」、「ふなっしー」などは今はどうしているのでしょうか。私の周囲の女性たちの間では、今年の夏ごろまでは、「くまモン」や「ふなっし」ーが大人気でしたが、「花の色は移りにけりな」であります。あるいは21世紀の消費文明の消化力の怖さでありましょうか、今は誰も「くまモン」や「ふなっしー」のことを話題にする女性の方はいません。まして、「ひこニャン」はお元気なのでしょうか。
「いやげもの」が後世において20世紀に生まれたあらたなる郷土玩具にとってかわる存在となるのか、さらには「ゆるキャラ」が21世紀に誕生した郷土玩具になるうるのか。その一方で、郷土玩具については、私のようなオヤジ世代の郷愁を誘うだけの存在となり、いつしか製作者もいなくなり、文字通りの骨董的存在と化して、根付と同じように、気がついたらいいものは、すべて海外に流出していたとなるのか、こけしが今、そうなりつつあると聞いていますが、私は今後とも、その動向を見届けたいと思うのであります。
如庵