今日は10月1日です。9月の東京地方は日照時間が少なく、その一方で雨の多い毎日でした。
このところ、骨董市へも出かけていませんし、お茶のほうも先生のご都合でお休みです。
さて、先週末、2泊3日で富山、射水市での法事に出かけました。義理の父や祖父母のこれが最後になるであろう法事です。射水市という地名よりも、私にとっては新湊という地名のほうがなじみがありますが、新湊そのものがかつての射水郡に属していたので、まあ許容範囲の地名です。ご承知の「平成の大合併」で、”とんでも地名”が各地に誕生しましたが、射水というネーミングは先祖返りのようなもので許せる範囲です。
射水へは北陸新幹線で新高岡まで行き、そこから富山湾を望む雨晴にある温泉旅館に。初めての北陸新幹線ですが、東海道新幹線や東北新幹線よりも車内が狭く感じます。しかも喫煙コーナーがありません。喫煙者の私にとってはつらいものがあります。
雨晴温泉の売りは、富山湾の向こうに見える立山連峰ですが、残念ながら立山連峰を見ることはできませんでした。温泉そのものは海に近いせいか、ナトリウムが豊富なようで、塩辛い味がします。その分、身体があたたまりますが、9月末は、まだ暑いこともあり、どちらかというと冬に来る温泉だと感じました。
さて、新湊の浄土真宗のお寺での法事に出かけるために、1日2往復という海岸沿いを走るバスで新湊へ。そこから万葉線と名付けられたLRTに乗り換えます。車内は土曜日のせいもあるのでしょうか、ガラガラです。ユニークな車窓案内ナレーションが聞こえてきました。最初は、運転手のアドリブかと思いましたが、よくよく聞いていたら落語家の立川志の輔さんの声でした。志の輔さんは新湊のご出身です。
新湊へは何度か来ていますが、街並みがきれいになっています。そこに法事を営むお寺があります。ご住職も代替わりして、40歳前後とおぼしきご住職です。無事に読経も終了、そのあと説教があるのが浄土真宗の特徴です。住職自らの体験に基づいたお話しです。ただし、その詳細を語るよりも、この説教というのが明治になって、演説になったという話を何かの本で読みました。それまでの日本には不特定多数を相手にした話し方というのはなかったそうです。帝国議会が開かれたり、自由民権運動などの中で、多数の人々を相手に自分の考えを述べなければならない、そこで福沢諭吉さんがヒントにしたのが浄土真宗の説教だったといいます。
さて、この日の宿泊先は、南砺市福光の温泉です。新湊からは車で30分ほどのところです。温泉の質は硫黄分が含まれているようです。高台に温泉旅館は建っています。正面には田んぼが広がっています。朝な夕な靄が立ち込めるのは、この田んぼが平野ではなく、盆地のせいでしょうか。稲穂の借り入れの季節です。
翌朝は、バスに乗って金沢に出ました。このバスもガラガラです。時々乗ってくるお客さんは高齢の方ばかりです。道路の両側は山だらけ、バス停の名称は「〇〇口」というのが多いようです。また、「念仏道場前」というバス停もありました。県境をこえるともう金沢市です。福光でバスに乗って30,40分で金沢の中心に出ました。金沢を訪ねるのは学生時代以来ですから、40年ぶりでしょうか。9月末ですが、最高気温は30度ほどの暑い日です。まずは大樋美術館を訪ねました。ご承知のようにお茶の抹茶茶碗の大樋焼です。お決まりの金沢城や兼六園を見物したり、泉境花の記念館を訪ね、市内随一の香林坊に出ました。そのあとは長町の武家屋敷を散策し、夕方の新幹線で東京に戻りました。近江市場に行けなかったのは残念でしたが、お土産には中島めんやの餅つきウサギを買いました。40年前には米つきネズミを買いました。駅ビルの中にあるお店で餅つきウサギを買いましたが、この中島めんやの郷土玩具は小さいのが特徴です。若い女性観光客がしきりと「カワイイ」を連発していました。
帰りの新幹線で思ったのですが、江戸初期に、加賀の前田家に招かれたのが裏千家の家元でした。しかし、長町で訪ねた中級クラスの武家屋敷の代々の当主は宗和流だったとのこと。三千家は町衆の間に広まったのに対し、武家は石州流や宗和流や遠州流などだったといいます。なぜだったのでしょうか。
楽しい2泊3日の小旅行でした。食事はいうまでもなく、きときとの魚を十分、頂戴しました。