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ブログ3回目です。もう10月ですね。年齢を重ねると時間のたつのは早いといいますが、その通りですね。
 私の目の前に「古伊賀」の水指があります。ひょんなことから、私のところにやってきました。水指が入っていた木の箱はボロボロ、真田紐もほとんど溶けたような状態でした。恐る恐る紐をほどきましたが、途中で切れてしまいました。水指は古い布に包まれていました。布ごと水指を出したとたん、木箱は分解してまいました。そして、現れたのは「古伊賀」の名品でした。
 高さは20センチ弱、直径10センチほどでしょうか。淡い薄緑色の釉の垂れ具合が見事です。また、長方形に円が4つ描かれた文様が三方に見えます。また、耳が2か所ついています。同じ時期に、信楽の小壺というのか蹲というのかを手に入れました。信楽と伊賀は区別がつきにくいといいますが、土色は明らかに違います。信楽が赤味を帯びているのに対して、古伊賀は、もっと落ち着いた土色です。それでいて、備前のような土色とは異なり、明るさを感じさせます。また、信楽に似て、米粒のような点々もありますが、いやらしくない散らばり具合です。何か所か、へらで削ったような跡も見えます。つまり、見どころが多いのです。また、長方形の文様は、織部の文様を思わせます。へら跡も作為的ではなく、見れば見るほど、いいものです。ものの本によれば、「古伊賀」といえるのは、安土桃山から江戸初期までの30年間ほどの間に作られたものだといいますが、そんなことはどうでもいいと思える作行です。全体の形は、二段重ねになっています。
 時代も感じると同時に、今に通じるものを感じます。つまり”永遠の美”を私は感じました。もともと、古伊賀では日常雑器を作っていたといいます。戦国から安土桃山にかけて、茶の湯が盛んになる中で、茶人が伊賀の陶工たちにお願いして茶道具を作るようになったと聞いています。この水指もそんなもののひとつなのでしょうか。
 偉そうに聞こえたら、申し訳ないのですが、私は黒楽茶碗の精神性よりも、織部の轡茶碗のような遊び心が好きです。もちろん、黒楽茶碗も時代がさがるにつれて遊び心を感じさせるものがでてくるように思いますが。しかし、あまりの禅と茶とか、侘び寂びをいわれるよりも、この古伊賀の水指や織部の轡茶碗のような遊び心が、茶の精神ではないかと思います。もちろん、織部の轡茶碗も遊び半分でひしゃげたような形で作ったのではなく、かなり計算しぬいた造形美だと聞いたことがあります。
 なにやら、3回目は偉そうな話になってしまい、申し訳ありません。また、「古伊賀」の水指の描写も力不足で、すんまへん。
 では、また。

如庵