まずまず、天気にも恵まれた靖国神社の骨董市でした。 早朝7時すぎには、骨董市会場につきました。途中ではハロウィーンで徹夜したであろう、仮装した若者たちの姿を見かけました。
都内では、富岡八幡宮が七五三でお休み、大江戸骨董市も開催されていないためか、業者さんの数も、いつもの2,3倍はいるでしょうか。7時すぎですと、お客さんはまだ、それほどでもありません。ざっと見て回ります。また、靖国の場合は、夜明けから開催のようですが、業者さんたちは、まだ開店準備中といったところです。まず、目についたのは、松本の押し絵雛を額に入れたものです。私自身も押し絵雛は⒑個ほど持っています。長野の松本に伝わるものですが、江戸幕府が崩壊して、失業した松本藩の武士やその奥方たちが作り始めたそうです。素晴らしいのは、雛が着ている着物の数々です。2年前ほど、ここ靖国で山積みになっていたのを、嘘のような値段で譲っていただきました。手がもげていたり、冠がなくなっていたりしますが、その着物が素晴らしい、また、裏側には、作者なのか、所有者なのかはわかりませんが、名前が記され、また制作年でしょうか、明治や大正といった年号が入っています。
城好きの私は、去年の夏に松本城見学に行きました。馬肉の刺身やソバもおいしくいただきました。また、町を散歩していたら、アート・ブレーキーのmoanin'が聞こえてきました。その音楽は、洒落た喫茶店から聞こえてきました。音楽に魅かれて、その喫茶店で一休みさせていただきました。音楽つながりでいうと、今朝の朝食をとった喫茶店では、アントニオ・カルロス・ジョビンの「ジェット機のサンバ」をアレンジした曲がBGMで流れていました。
話が横道にそれますね、すみません。ざっと見て回ったものの、これといったものはありません。中国の官窯の磁器や高麗青磁などを置いている業者さんがいました。とても手が出る値段ではありませんが、業者さんが話好きで、あれこれと話しをしました。また、富本憲吉や河井寛次郎の小品が置いてある業者さんとも話をしました。河井寛次郎の抹茶茶碗です。なかなかいいものでした。さらに、40歳代とおぼしき業者さん、この方は関西のご出身でお父さんが骨董好きだったそうです。中国や日本の陶磁器やヨーロッパのアンティーク、また骨董に関する本も扱っています。骨董市で会うと、よく話をします。骨董関係の本はたまに買いますが、業者さんが話好きなので、ここでもまた、小林秀雄や白洲正子、青山二郎など骨董の先達たちの話をしてしまいました。
また、この業者さんの所にコンプラ瓶がありました。ただし、バラの模様が後絵として描かれています。そのことを聞くと、コンプラ瓶の本物・贋物の見分け方の話をしてくれました。ありがたいことです。
話ばかりで、今日はどうしようかと思っていたら、骨董仲間のAさん、Mさん、さらにNさんがやってきました。10時ごろでしょうか。お客さんも増えてきました。
しばらく、骨董仲間の皆さんとご一緒します。すると、この靖国神社yの骨董市の会主をしているKさんのところに中国の青銅器がありました。Kさんに聞いてみると、青銅器のコレクターの方から出たものだそうです。共箱もついていて、「雷紋犠首 周銅 〇」と書かれています。コレクターの方が作った共箱ですが、ずいぶん大切にされていたのでしょう。〇は「ゆう」と読む漢字です。状態がよく、蓋の裏側には、象形文字で「ゆう」を意味するであろう象形文字が記されています。譲っていただきました。ついこの前には、富岡八幡宮の骨董市で、Iさんから「鼎」を譲っていただきましたが、それに引きつづき、我が家に中国の古代の青銅器が再びやってきました。
青銅器好きな私ですが、「爵」「鼎」「豆」「尊」「角」などに引き続きの青銅器です。中には、形だけまねて、後世につくった香炉もありますが、私としては、その造形や紋様にひかれて、コレクションしています。本物か贋物かは気にしていません。
そろそろ、お昼時です。腹もすいてきたので、休憩所でラーメン・ライスの昼食です。ふと、天井を見上げると、この休憩所の由来が書いてありました。昭和11年といいますから、「靖国神社y」ではなく「東京招魂社」といっていたころでしょうか。参拝客のお世話をしていた、東京家政学院の教師・豊原繁尾さんという方の献納になる休憩所だそうです。ちなみに豊原さんという方は彦根藩の藩士の娘さんだそうです。たまに、私はここでラーメン・ライスを食べますが、その味は昭和の味で、なつかしい味です。もし、靖国神社へ行かれることがあったら、一度、挑戦してみてください。東京のど真ん中で今時、こんなものが食べられるとは、という感動を味わえますよ。
腹も満足、青銅器も譲ってもらい、心も満足。私は身も心も満足して、家路につきました。
如庵