骨董亭如庵 第19回 | michael-thのブログ

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 土曜日、東京地方は朝から小雨、昼前には雨もやみましたが、肌寒い天気です。
 今日は伏見土人形のお話しでも。もともと、郷土玩具が好きで、学生時代から日本各地の郷土玩具をコレクションしてきました。各地にある土人形の元祖とでもいうのが、伏見土人形です。学生時代に、京都・伏見の「丹嘉」に行きました。お店は伏見稲荷の近くです。私自身、午年生まれで、馬にちなんだ郷土玩具を中心に集めていました。また、学生とあって、そんなにお金もありません。そこで、馬をかたどった小さな土人形を「丹嘉」さんで買い求めました。今でも、手元で大事にしています。木彫りのものは三春駒や木下駒などが有名ですが、伏見土人形の馬も郷土玩具の枠を超えています。頭をやや左に向けています。また、色彩も上品です。伏見稲荷は商売繁盛の神様とあって、全国からやってきた人々が伏見土人形を買い求めた結果、各地でも土人形を作るようになったとか。あるいは、土人形というものは、先日、お話ししたテラコッタと同じで、別に伏見にルーツを持たなくても、自然発生的にできたのかもしれません。妄想をたくましくすれば、伏見土人形という一種のブランドが確立すると、「この土人形は伏見土人形が元祖です」というと、ありがたく見えたのかもしれません。
 さて、社会人になり、京都に2回、勤務しましたが、京都では、新年の初詣でに伏見稲荷にお参りし、伏見土人形の布袋さんを買ってきて、台所に並べておくことが習慣になっていることを知りました。また、京都では、「餅は餅屋」という言葉があります。餅を使った和菓子と、お茶事に使う和菓子屋さんは別なのです。私が1週間に1度ほど餅菓子を買っていた錦市場の「餅屋」さんのショウウインドウに、饅頭を手に持った子供をかたどった土人形がありました。これも伏見土人形です。
 伏見土人形の種類がどのくらいあるのかはわかりませんが、「丹嘉」さんのお店にいっても、ほしい土人形が手に入らないこともあります。1年後にきてください、ということもあるようです。
 さて、弘法さんだったか天神さんだったかの骨董市で、烏天狗の土人形を手に入れたことがあります。高さ5センチほどでしょうか。今も手元においています。背中に「幸ェ門造」と窯印があります。調べてみると、「鵤幸右衛門」のことのようです。伏見土人形をはじめた人物の名前が、この方だともいわれるようです。「いかるが・こうえもん」と読むそうですが、もともとは武士であったものが、大坂夏の陣・冬の陣で豊臣方として戦い、戦に敗れた結果、伏見にやってきて、土人形を作り始めたともいわれています。また、歌舞伎のほうでも、仇討ちのお話しの中で「鵤幸右衛門」という名前が出てくるようです。「丹嘉」さんに聞けば、そのルーツやら鵤幸右衛門さんのこともわかるのでしょうが、無精して、聞いていません。
 土人形ひとつとっても、分からないことだらけです。明日は、お天気もよくなるようです。大江戸骨董市が楽しみです。どんなモノや人と出会えるか、楽しみですね。

如庵