3連休の初日、東京・護国寺の骨董市へ行ってきました。朝7時ごろに、護国寺についたのですが、まだ業者のみなさんは準備中。境内にある富士山に登ってみました。もちろん、ミニチュアの富士山ですが、溶岩が配置してあったり、山頂には浅間神社の小さな祠がありました。護国寺は徳川家ゆかりの寺ですから、大奥のお女中方が、ここにいらっしゃって、楽しんだこともあったのでしょうか。石段をのぼり、本堂前の広場にいくと、朝のラジオ体操を、ご近所のみなさんがやっていました。私も途中からでしたが、参加させてももらいました。護国寺は真言宗のお寺です。朝の体操会場になったり、月に1回の骨董市会場になったりとオープンな感じが、京都の東寺に似ています。弘法さんのおかげでしょうかね。
さて、骨董市をざっと見て回ります。業者の数は20から30程度でしょうか。小規模な骨董市です。他の骨董市で顔見知りになった業者さんもいます。Oさんのところを訪ねます。今年の夏、一部の骨董ともいえないガラクタを段ボール3箱分、無理を言って、ひきとってもらいました。古本や小皿などを求めたことがあり、顔なじみになりました。東京の下町に住んでいます。奥様が、夏の暑いときは冷たいお茶、寒い時期はコーヒーをご馳走してくれます。ご主人も実直そうな方です。季節は、この時期、暑くもなく、寒くもなく、”骨董市日和”です。奥様が気がついてくれて、「コーヒーでもどうですか?」と声をかけてくれます。Oさんは新作陶磁器の作家ものや古本を中心に扱っています。奥さんが椅子まで勧めてくれます。椅子に座っていたら、元気のいいおじさまがやってきました。話好きな方で、私にも声をかけてくれました。私より1歳、年上のようです。すでに会社は完全にリタイアしたそうで、今は悠々自適の生活。先日、富士山に登ってきたそうです。護国寺の境内のミニ富士山でなく、世界文化遺産の富士山です。と、つまらないことを言いました。すみません。
さて、気になったのは、あまりに状態のいい中国の青銅器でしたが、中途半端な値付けなので躊躇しました。膳所焼の抹茶茶碗などもちょっと気になりました。
収穫は、中国の灰釉土器と源内焼の鑑賞陶器でした。灰釉土器は、3本足の青銅器を模した形です。もっとも時代でいうと、青銅器よりも古いのでしょうか。青銅器がその形を真似したというか、ルーツがあるのかもしれません。京都時代に、平底の壺で耳がついている灰釉土器を手にいれました。また、黒釉土器も手元にあります。また、銀化した緑釉土器もあります。私は中国の磁器はわかりませんし、フォルムが完璧すぎて、面白いと思う心境には至っていません。しかし、灰釉土器、黒釉土器や明器など古代土器は好きです。
さて、もう一方の源内焼、これは日本の陶磁関係の本や辞典で調べてみても、その正体がよくわからないようですが、平貝源内自ら作ったという証拠もないようです。1枚だけ、源内焼と称する小皿を持っています。緑色で、正方形に近い形です。最初、淡路の珉平焼かと思ったのですが、業者さんに聞いてみると、源内焼とのこと。確かに、珉平焼は磁器ですが、源内焼は焼きが甘いようです。まあ、1枚くらいは持っていてもよかろうと思い、譲ってもらいました。ただし、実際に使うには、あまりにもろい感じです。かといって、鑑賞用でもありません。源内焼はわからないことが多いと書きましたが、つまりは、平賀源内は讃岐の出身、たぶん、源内は、その当時から有名人、そこで、讃岐で作られた陶器を源内焼と呼ぶようになったのではと、私は勝手に考えています。今回、手に入れたのは、中国の唐時代に青銅器で作られた八稜鏡に形は似ています。大きさもほぼ同じです。鑑賞用に窓辺に飾っておくにはちゅうどいい感じです。また、1か所、ヒビが入っていますが、鎹(かすがい)止めがきちんとしてあって、大事にされていたことがわかります。
そんなこんなで、3時間ほど護国寺の骨董市にいました。ここは、業者さんとお客さんがお互いフレンドリーな感じが好きです。
今日は、和服姿の女性が境内で目立っていましたが、「柳営茶会」という茶会が開かれるようでした。柳営とは、中国由来の言葉で、江戸幕府のことです。徳川5代将軍の家綱公の母親・桂昌院ゆかりの寺ということで、秋の1日、茶会を楽しまれるのでしょう。さぞや立派なお道具が並んでいることでしょう。
明日は、雨が降ったりやんだりの天気予報ですが、靖国神社や富岡八幡宮は、ありがたいことに、小雨決行です。さて、明日も、どんなモノたちと出会えるのか楽しみですね。
如庵