その夜、夜華君は白浅上神との約束通り『恋愛初心者コース🔰』を308年ぶりにゆっくりと歩んだ。
洗梧宮の『紫辰殿』で、白浅と『優しい夜』を過ごした夜華は幸せだった。腕の中には愛する女性が居て、夜華にもたれながら微睡んでいる。
半分夢の中にいる白浅は、昨夜泣くほど飲んだにも関わらず「折顔、桃花酔ちょうだい。」と寝言を言っていて、可愛らしい。
しばらくしたら白浅を起こさねばならないが、いま少しの間、微睡む姿を見ていたかった。
「浅浅、夢の中でも飲んでいるのか?」
「うん。」
寝ぼけているが、返事をするのが面白くて質問を続ける。
「いま、欲しいものはあるか?」
「欲しいもの?ないよ。」
「何かあるだろう?」
「んー、夜華かな?」
左腕が伸ばされて、夜華の右肩を手が掴む。
「捕まえた。ふふっ。」
いったい白浅が見ている夢はどんな夢だろう?
「他には?」
「他?」
うっすらと目を開けた白浅が夜華を見て、一言つぶやく。
「噛み噛み棒が要るわ。」
「噛み噛み棒?」
「うん。」
「何に使うもの?」
「んーとね、こうされない代わりに使うの。」
そういうと白浅は夜華の左肩を噛んだ。
軽くであるが、予想していなかった夜華はびっくりする。
白浅が夜華の左肩を噛み噛みして、夜華がされるがままになっている。これはあれか、新しいやつか?とか夜華が考えていると、噛み噛みが終わる。
「子狐たちが1歳になったら、牙が生えてくるから噛まれるわよ。噛み噛み棒を用意しないと。」
白浅が噛んだ左肩が赤くなっていて、少しジーンと痛い。
「もう一回噛もうか?」
絶対変だと思いつつ、白浅が噛むなんてあり得ないから、夜華は噛み噛みを希望する。
「今度は右肩を噛んで。」
「うん、覚悟してね。」
白浅が夜華に抱きつくと、右肩をかぶりっと噛んだ。さらに噛み噛みが続く。
これはいったい何だろう?と夜華は考えたが、狐族でない夜華には分からない。
しばらくして、白浅が噛むのを止めて目を擦る。まだ眠いのだ。
「夜華、起きてるなら止めてよ。貴方を2回も噛んだじゃない。1度で良いのに。」
「1回で良い?」
「子狐に噛まれたら、これくらい痛いから。1度、経験しておくの。」
「浅浅は誰に噛まれたのだ?」
「白鳳九よ。ちょっとだけね。牙が生えてくるとき痒いから、大人の腕とか足とかを噛むの。家族ならではね。」
『家族に限る。』と聞いて、俄然やる気になる夜華である。
「浅浅、これは子狐の父親の役目か?」
「そうね、お願いしたいわ。私はそろそろ堪えられないし…」
白浅が隠したものを夜華は見た。授乳の際に子狐たちに噛まれてしまって、あちこちに噛み後があり、赤くなっている。
「私が噛まれよう。」
「夜華、そんな決意するようなものじゃないわ。皆、通る道よ?」
「私が噛まれる。浅浅の肌に傷を残したくない。」
「夜華、嬉しい…」
すでに白浅に両肩を噛まれているのだが、夜華は嬉しそうだ。
「12匹1度には来ないでしょうけど、噛み噛み棒が出来るまでガマンしてね。」
「任せなさい。しっかり噛まれてみせよう。」
何事にも前向きな夜華らしい、覚悟のほどである。
後に、夜華は知る。
白浅が「経験だ。」と言った噛み噛みは、だいぶ手加減がされていた事を。
両手、両腕に両足と、夜華が筆を持っていようがいまいが子狐たちがやってきて噛みつく。無論、白浅が作った噛み噛み棒もあるが、子狐たちの好みは『夜華』らしかった。
1度、あまりに痛いので、執務室の扉を仙力で封じたら、長昇殿に居た白浅が子狐たちの噛み噛み奇襲に合っていたので、これはやはり『父親の役目』と覚悟を決めた。
堪えることには強い夜華であるが、12匹の子狐に毎日毎日噛まれ続けるのはなかなかのものだった。
そうして2月が過ぎると、立派に牙が生え揃った子狐たちが最後の一噛みを加えようと夜華を追いかけ、噛まれまいと走る夜華との攻防戦が続いた。
夜華は走りながら竹簡を読めるまでになり、体力が付いてきたようである。
往診に訪れた折顔上神が白浅に、「夜華は元気になったな。」と言った
「子狐たちも懐いたし、良かった良かった。」と白浅が笑顔で言う。
「子どもたちに、『噛み噛みは父上に甘えてね。』と言ったの。成功だわ。」
「夜華一人でか?」
「夜華一人よ。」
折顔もその昔、白浅と白真に散々噛み噛みされたくちだから、いまの夜華の状況を哀れに思うが、代わってやる気はない。
「子育て出来るだけ、墨淵よりましか。」
「いまだけの思い出よ。すぐに大きくなって、遊べなくなるわ。だって、『夜華の子』ですもの。」
夜華が天族太子なら、この子達の中から『次代の天君』が選ばれることになる。
勉強、勉強の日々がそこまで来ていることを白浅は気付いていた。夜華は黙っているが…
続く。
✳️原作小説に中国ドラマ、アメリカ映画で使われた『会話』や『場面』を引用して創作しました。