白浅上神は『装飾品』に興味が薄いようですが、身に纏う『衣装』にはこだわりがあります。夜華君、気付いていた?


画像は、中国ドラマ『三生三世十里桃花』よりお借りしました。

 

 


『四海八荒一の美女』である白浅上神は、天族太子である夜華君しか見ておらず。

また、天族太子・夜華君も正妃である白浅上神しか眼中にないので、もう誰も2人の間に入る『隙なし』の上に『隙間なし』を確認した宴でした。

 

「白浅が酔っているので…」と、天君の許可を得て『天君の万歳を祝う誕生日の宴』を途中退席した夜華でしたが、同席した折顔上神に何かを耳打ちして同意を得ると笑顔を隠し、神妙な面持ちで退出しました。

 


さて、この夜、白浅の『最上級の媚態』に夜華は心踊らせて洗梧宮を目指していました。

 

白浅を胸に抱き上げ、満面の笑顔、軽い足取りで、宴の場を後にしたのですが…

 

今宵は二人で水入らずの時間を過ごそうとして、フッと思い出しました。

「阿離が戻ってきているが、すでに辰の刻は過ぎているから慶雲殿で休んだはず…ならば、長昇殿に行っても?」


洗梧宮の正門をくぐり、正面は夜華の『紫辰殿』です。東に阿離の『慶雲殿』、西に白浅の『長昇殿』があります。

足を『長昇殿』に向けた夜華は、数歩で立ち止まりました。

「阿離が、長昇殿で休んでいる可能性もある。子狐達も居る…」


静かに数歩戻ると、夜華の寝殿である『紫辰殿』に向かいその扉を開ける。

 



部屋には灯りが付けられていたものの、誰も居ません。

「紫辰殿で正解だった…」


安堵のため息をついた夜華がそのまま寝台まで歩いていき、抱き上げていた白浅を下ろすと、白浅は上布団の端を掴んでそのままクルリと、まるく丸まってしまいました。

「浅浅?どうかしたのか?」

「夜華、いまから私を抱くつもりよね?」

「もちろん。」


堂々と宣言する夜華に対し、布団の中の白浅は丸まったまま首を振ります。

「私はいや。」

「なぜ?何故?」

「わからないの?」

「全然、わかりません。」

「西海の夜を思い出してみて?」

「…熱い夜だった。」

「蓮池の夜は?」

「…熱い夜だった、よね?」

「じゃあ…観月の夜は?」

「翌日から人間界だから、直ぐに休んだと思うけど?」

「夜華の馬鹿。」


どうやら上布団の中で、白浅が泣いている…ようです。

「浅浅、私のどこが馬鹿なのだ?私は何を間違えた?」


天界一の努力家である夜華が間違えたこととは、「いったい何?」と白浅に問いたい。

 


上布団の中で、白浅がぽつりぽつりと泣きながら話す。

「西海で、夜華の寝殿に『結魂灯』を取りに行ったでしょう?」

「浅浅が『破談にしましょう。』と言った後だな?私は悔しくて、やけ酒をしていた。」

「私が夜華に『何か欲しいものはある?』と訊いたら…」

「私は『そなたが欲しい。』と言った。本心だ。嘘はない。」

「私は『なかったことに…』と言ったわ。」

「いつものように抵抗しなかったし、同意したものと考えたが?違ったのか?」

「私には『初めての夜』よ?」

「初めての夜…」

 

夜華の中の『初めての夜』は、東荒の俊疾山で素素(白浅)と過ごした夜である。

 

紅い新郎新婦の衣装を着て、素素と一緒に寝台に上がり、緊張する素素に言った。

「痛いかもしれないが、怯えないでくれ。」と、素素はコクりと頷くと頬を赤く染めながら、衣装の紐を解く夜華を見ていた。

夜華とて、初めての行いだから自信はない。そうして共に過ごした夜だから、すっかり忘れていた。

 

西海で共に過ごした白浅は『素素』ではなく、『初めて夜』の記憶を失っていることを。

 

夜華に宛がわれた寝殿の入口に立つ白浅は、先程、夜華が仙力でもって閉めた扉を不安そうに見ていた。

白浅は『上神』だから、本当に嫌なら夜華の『封印』を解いて出ていける。なお、留まるという事は同意したのだと、夜華は勝手にそう思っていた。

 

白浅は『そなたが欲しい。』という夜華の言葉に動揺して、固まっていただけなのだが…

 

「私には『初めての夜』なのに、夜華ときたら寝殿の入口(玄関)で押し倒そうとして…」

「そう言えば…」

「『せめて、寝台でしましょう。』と言ったら…」

「寝台に運んでからにしただろう?そなたを抱き上げて運んだ。」

「寝台に運ぶなり押し倒して、『仙術』で襦裙も消してしまって、『待って、痛くしないで。』と言う時間もなかったわ。」

「酔っていて、加減が出来ずにすまない。」

「私は『初めて』だったのに…」

「痛くしたか?」

「痛かった。優しかったけど、痛かったの。」

「…悪かった。」

「息をつく暇もなくて。気が付いたら、寝台のカーテンが激しく揺れていて・・・目覚めたら、私の寝殿で眠っていたから。」

「ああ…途中で気絶してしまったから、覚えていないのか?」

「何も…」

「気絶した浅浅を抱き上げて、一緒にお風呂に入った。新しい襦裙に着替えさせてから、寝台まで送り届けた。」

「え?あれは全て…夜華なの?」

「…私だ。」

「朝、目覚めてすぐに会いに行ったら、夜華は発った後で、会えなくて。」

「私の寝殿に、寝台に、浅浅を置いていけるわけがない。そうでなくても、西海の大王子がいて危険なのに。なぜ、男装をしていた?」

「東海の『ツケ』を払っていただけよ…」

「…そうか。すまない。」

 

夜華は一方的に『西海の夜は熱い夜だった。』と記憶していたが、白浅には違うらしいといまさら知った。

「西海が『熱い夜』でなかったのなら、蓮池も『熱い夜』ではなかったのか?」

「『熱い夜』に違いないけど、私の準備が出来る前に一瞬で襦裙を脱がせて始めてしまうから、私はいつも『置いてきぼり』よ。」

「置いてきぼり…そんなつもりはない。」上布団にくるまったままの白浅の背を、ポンポンと叩く。

「ならば、『愛の告白』の後は?」

「私は本心から『夜華を愛してる。』と言ったの。私の心に居るのは夜華だけよ。夜華だけなの。」

 


…夜華は思い出す。

 

蓮池の夜は、夜華にとって『決別の夜』だった。阿離や成玉に「体力がない?」と揶揄されたのを理由に、白浅を担いで紫辰殿に逃げた。

 

白浅の心に墨淵が居るなら、もう手放さなければ…浅浅を手放せなくなってしまう前に。

 

白浅が欲しくて襦裙を脱がせたが、白浅にも同じように夜華を求めて欲しかった。

 

だから、下衣を脱がせるように仕向けた。

 

白浅は苦戦していた。

 

そうだろう…愛してもいない男の衣服を脱がせるなど苦痛でしかない。だから、浅浅を待たずに始めた。…なるべく早く終わるように。

 

事が終わった後、白浅が夜華に寄りかかっていたから、思わず左手で髪を漉き、その白い背を撫でてしまった。

 


今夜が最後、これで最後。

 


明日、日が昇ったら白浅は青丘に帰り、墨淵のそばで目覚めを待つだろう。

7万年も待ったのだから、幸せになって良いはずだ。

 

墨淵と白浅が過ごした年月は夜華が生まれる前のもの。「何事も『先着順』でしょう?」と白浅が言ったように、後からきた夜華が『白浅が欲しい。』と墨淵には言えない。

 

天界のため、四海八荒のために『元神を捧げた』のだ。墨淵に白浅を返さなければ。

 

「夜華を愛してる。」という白浅の言葉は、墨淵と同じ『崑崙虚の考え方』だ。師父に続き、四海八荒のために身心を捧げるつもりだと夜華は思った。

 

墨淵が目覚めれば、東皇鐘の封印は解かれる。

 

擎蒼が出てくれば、誰かが戦わなければならない。それは天族太子である夜華の役目だと、思った。

 

かつて墨淵は白浅の前で全てをかけて戦い、擎蒼に打ち勝ち、白浅の命を守ったのに。

 

 

夜華はどうだ?


素素(白浅)を一人で逝かせた。

 


守れなかった。

 


共に逝くことさえ、出来なかった。

 


白浅が夜華に「愛してる。」と言ったとき、思わず夜華は願ってしまった。

「もう一人、子を産んでくれ。」素素が阿離を産んでくれたように、白浅に夜華の子を産んで欲しい。

 

夜華に寄りかかって寛いでいた白浅の身体を引っ張り、組強いたのは初めてだった。

 

激情のまま白浅を求めに求めて、夜華の激しさに耐えきれず、白浅が夜華の背に爪を立てたのを黙って受け入れた。

 

『背中の爪痕』は夜華が白浅を愛した証拠、一生消すものか。

 

まさか激情が実をつけて、「もう一人、子を産んでくれ。」と言った言葉が12匹の子狐になって還ってくるとは。

 

…予想外だった。


 

上布団にくるまったままの白浅を抱きしめると、夜華は言った。

「浅浅、顔を見せてくれ。これからは互いに向き合って生きよう。私達の時間は永遠に近いが、こんな風に過ごしたくはない。」

「本当に?」

「本当に。」

「私の手を握って、抱きよせて、口付けてから始めてくれる?」

「え?そんな最初の最初からするのか?」

白浅が右手を上布団から出して、こう言った。

「西海、蓮池、今夜。今日は何夜目でしょうか?」

「…その計算だと、三夜目だな。」

「だから、優しくしてね。夜華。」

 


回数ではなく、夜華だけに『夜カウント』だと言われれば従うしかない。

 

夜華は西海で白浅を気絶させ、蓮池では激情のままに攻め立ててしまい、白浅に『夜華の愛』を感じる余裕はなかった。

『ツケ』は速やかに払うべきだ。

「浅浅、手を握って、抱きよせるから、そこから出てきてくれ。上布団の中では口付けも出来ない。」

 

右手がクルリと円を画くと、上布団はスルリとほどけた。

涙でいっぱいの白浅が夜華に抱きつき、夜華の上衣を涙で濡らす。

「夜華、愛してる。」

「私も愛してる。」

 


今夜、押し倒されたのは夜華だった。

白浅は『酔って泣く』ほど、宴でお酒を飲み過ぎていたから。

 

以上