白浅に『洗髪』をねだる夜華君の図。
画像は、中国ドラマ『永遠の桃花第30話』からお借りしました。
 
 
 
そうして南天門から、白浅上神は侍女と宮女を大勢従えて洗梧宮に戻ってきた。洗梧宮の衛兵は、白浅の顔を見るなりあからさまにホッとした。
「上神、お帰りなさいませ。太子殿下が(昼前から)お待ちでございます。」
「太子殿下はどちらに?」
「長昇殿でございます。」
両手を組み、頭を下げる衛兵の挨拶は、言外に『太子殿下を宜しく頼みます。』と言っていた。
 
これだけ数多の臣下から慕われる太子が、感情を顕にして行動してはならないことを夜華は知っているはずである。なのに、『怒り』を隠そうとしないのは何故か?
『私?それとも…師父?』
 
夜華は、師父・墨淵上神を実の兄弟と知り、唯一の大兄と知ってもなお墨淵に『嫉妬』する。白浅絡みならなおのこと、隠そうとしない。『墨淵上神に負けたくない。』という気持ちが、若さゆえか度々態度に出てしまう。
 
それは白浅に対しても同じで、青丘の狐狸洞で子ども達と自由に過ごしていた白浅を『洗梧宮に連れ帰る』事に固執した。
 
白浅の体調が悪いことを思えば、白浅に敵意を見せる天族の居る天宮は『療養場所』に適してはいない。
ましてや、『墨淵上神の子では?』という噂を打ち消すがために、洗梧宮に滞在させるなど本末転倒である。
「浅浅、傍にいてくれ。私の傍に。」
「夜華・・・」
白浅を抱きしめて離さない夜華を安心させるためだけに、白浅は洗梧宮に残った。危険を押して。
 
白浅の危険は、一番の危険は『夜華君と共に過ごすこと』に1つある。
夜華君はまだ若い。その情熱のままに体調の悪い白浅を押し倒したら、いまの白浅には耐えられない。
約1年前、出産時の胎盤剥離による大量出血は白浅の心臓を2度止め、墨淵が行った『蘇生術』と折顔上神の適切な処置で『辛うじて命を繋いだ』という状態だ。
もともと偏食傾向にあった上、白浅にとって『最高の料理人』である夜華の不在は栄養失調を招き、狐族史上最高記録である『13匹』に次ぐ『12匹』の出産は白浅にとって負担以外の何ものでもなく、白浅の身体を糧に子が育ったようなものである。
墨淵が3年間、昼夜を問わず白浅に寄り添ったおかげで出産を乗り越え、いまに至るわけであるから、夜華は素直に墨淵に礼を述べるべきである。
 
それが出来ない夜華君であると知る折顔上神は、白浅が洗梧宮に滞在する条件を3つ課した。
1・1年の間、白浅との『共寝』を禁じる。
2・300年の間、白浅と『子を設けて』はならない。
3・何であれ、白浅に『強いてはならん』と。
 
 
天宮から青丘へ帰る両親と兄達は、白浅にこう言った。
「いつでも青丘へ戻って来い。『また婚約』しただけだ。お前のためなら『破談』にしてやる。」
「お前は青丘帝姫、東荒女帝の白浅上神だ。」
「四海八荒一の美女で、上神だ。」
「天界でもっとも『敬意』をはらわれる立場だぞ?夜華君に大事にしてもらえ!」
「はい、兄上達。」
 
そうして残った洗梧宮で、確かに白浅は夜華に大事にしてもらった。
 
『天族太子である夜華君の子を12人産んだ』ための体調不良で、『産後の療養中』であるから、天宮の公式行事に参列出来ないと大義名分を盾に洗梧宮に籠った。
 
実子である阿離でさえ『療養』の邪魔になると、『修行』の名目で崑崙虚に行かせた。
 
洗梧宮の中で、夜華の居る『紫辰殿』の西に隣接して建つ『長昇殿』は夜華君の正妃の寝殿である。そこに『許嫁』に過ぎない白浅を住まわせる意味を、嫌というほどに自覚させられた。
 
『権利』と『義務』は表裏一体、この一年近く私(白浅)は夜華の役に立っただろうか?
 
夜華の言う通り『傍に居た』以外、何か出来ただろうか?
 
自問自答を繰り返しながら、白浅は歩みを進める。
怒って機嫌が悪いという夜華は、長昇殿前の階段に座っていた。この顔には覚えがあった。
墨淵のために西海へ行った時に、夜華君がみせた『怒り』と『嫉妬』と『哀しみ』の顔。
 
あの時の白浅は、夜華君から逃げた。
 
耐えがたくて、夜華君から逃げた。
 
いまは?
 
いまの白浅なら、どうする?
 
白浅は言った「太子殿下」。
 
✳️『夜華君』に続く。
 
 

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