2021年度課題の「エイプリルフールの『嘘』」です。

 

画像は、中国ドラマ『永遠の桃花』より、お借りしました。

 

 

 

あの日、夜華君の両親や東華帝君たち大勢が狐狸洞にやって来て、白浅から『夜華』を奪い、棺に入れて天界に連れて帰った。

 

夜華の父・央錯は白浅に『まだ婚儀を挙げていない。』『許嫁に過ぎない。』と同行を許さず、それ以来、白浅は外出することもせず、泣き過ごしてきた。

 

数日が過ぎ、『素錦』から奪い返した両目を白浅に戻してやろうと折顔上神が狐狸洞を訪ねると、迷谷の様子がおかしい。

「白浅様が目覚めません。まさか、太子殿下を追って?」

「…馬鹿な。」

折顔が寝台に横たわる白浅の額に手を当てる、熱はない。脈は少し早いかな?遅いかな?という程度であったが、何か心に引っ掛かるものがある。

いつも『横向き』に寝ている白浅が、丸くなって眠る理由・・・

 

人は具合が悪いとき、無意識に手を当てたり、丸まったりして身体の『不調』を訴えるものだ。白浅もまた然り。

 

折顔は後ろを振り返ると、白真上神を呼んだ。

「…真真、全員を呼べ。」

「折顔、全員必要なのか?」

「小五の家族全員と墨淵だ。」

 

 

数時間後、狐狸洞に青丘白家全員と墨淵上神、迷谷、畢方が勢揃いした。

 

寝台に眠る白浅の傍らに座り、慎重に脈を診ていた折顔が言った。

「落ち着いて聞いてくれ、小五が身籠っている。それも複数だ…」

畢方が「夜華の子か?」と叫んだ。すかさず、迷谷が畢方の口を手で封じる。

 

誰もが小五の腹の子の父親が『夜華君』だと確信しているが、問題があった。

 

『夜華君』は死んだ。

 

天族は白浅を『夜華君の妻』と認めていない。この状況で『子』が生まれれば、白浅の子は『父無き子』になりかねない。

 

折顔が墨淵の顔をじっと見た。

 

墨淵が折顔の顔を見返し、そして折顔に頷くと、折顔は立ち上がる。

墨淵がハッキリと言った。

「十七の腹の子は全て、私の子だ。私が父親だ。白浅を妻に娶り、子ども達を大事に育てると約束する。」迷いのない声だった。

 

白浅の父親である狐帝白止が墨淵の手を取り、「小五を頼む。」と言い、涙を流した。

「判っています。」

 

その場に居た誰もが、この『青丘の秘密』を一生抱えていく覚悟を決めた日だった。

 

 

 

数ヵ月後、青丘の白浅上神が病に罹り、寝たきりだという噂が流れた。

 

何も食べられず、水も飲めず、薬湯の匂いを嗅いだだけで気絶するという。

折顔上神が度々青丘に呼ばれ、治療しているという話だが、改善の兆しもみえない。

 

天宮にいる神仙達は、『無忘海』に居る太子殿下が妻の『白浅上神』を迎えに来ているのじゃないか?という噂話まで出たが、天君の顔を見るなり、静かになった。

 

天族も、青丘も、お互いの一線を固持したまま3年の月日が流れた。

 

 

 

3年後、

 

天族太子・夜華君の法要が天宮で盛大に行なわれた後、夜華の一人息子である阿離は『無忘海』の父を訪ねるべく、伽昀星君(文官)と天枢星君(武官)のみを連れて、洗悟宮を出発した。

 

法要の後片付けや来賓の対応など、諸事をこなすため、祖父母である央錯や楽偦は阿離に同行できなかった。

 

南天門を出てしばらくしてから、『無忘海』に向かう雲の上で、阿離は、自分の手を優しく繋いでいてくれる2人に『お願い』を口にした。

「一目でいいの、母上に会いたい。」

「一目でいいのですか?」

「母上と一緒に、『無忘海』の父上に会いに行きたい。」

「良いですよ。行きましょうか?」

「うん。」

 

3人が乗った雲が大きく旋回すると、青丘を目指して飛んだ。

 

 

阿離の予想に反して、懐かしい青丘の入口には槍を持った『衛士』か立ち、他族の入国を拒否していた。

理由は分からないが、青丘狐帝白止の名で『非常事態宣言』が出されており、何人も入国出来ないという。

「私は阿離、東荒女帝白浅上神の息子だ。母上に会いたい。」

「青丘の者以外、入国出来かねます。」

「私は白浅上神の息子、『白辰(勝手にネーミング)』だぞ。」

「存知かねます。」

 

断固として入国を認めない衛士にため息を付くと、阿離は従者2人の手を引っ張った。

「何か良い方法はない?」

「国境を閉鎖するとは余程のこと、此度は諦めてください。阿離さま。」

「…母上に会いたいよ~」

 

地面を見つめる阿離の後頭部を、撫でる者がいた。

 

いつ来たのか分からないが、墨淵上神が阿離の傍らに立ち、頭をなでていたのだ。

「阿離、母上に会いたいか?」

「伯父上、母上に会いたいです。会わせてください。」

墨淵は顎髭に手をやると少し考えてから、こう言った。

「阿離、残念だが…そなたの母上はすでに再婚して、子どもが居る。」

「母上が、阿離を要らないと言ったの?」

「『阿離を抱き上げる余裕がない。』と言っていたな?両手が塞がっているから。」

「阿離は一度も母上に抱っこしてもらってない。父上に、母上を叱ってもらう。」

 

阿離はクルリと振り返ると、従者2人を引きずるようにして雲に乗り込むと、一路、『無忘海』を目指した。

 

そんな3人を見送った墨淵上神と衛士は、『折顔上神のプランA』が予定通りに決行されることを祈った。

 

 

 

阿離が『無忘海』に着くと、母・白浅上神の師兄である子蘭上仙が笑顔で待っていた。

「阿離、3年振りか?大きくなったな。」

「子蘭伯父上、ご無沙汰致しております。」

「…私ではなく、父上に会いに来たのか?」

「はい。それと父上に、母上を叱っていただかねばならない事が出来ました。」

「母上が何かしたのか?」

何故か分からないが、子蘭上仙が阿離に笑っている。

「母上が再婚して子どもが出来たので、阿離を要らないと言いました。」

 

突然、静かだった『無忘海』が荒れると、天族太子である夜華君を納めた上等の棺が海から飛び出してきて、阿離の前に落ちるが早いか、棺の蓋が跳ね飛んでいった。

「何だと、浅浅が再婚した?」

永遠の眠りについたはずの天族太子・夜華君がしっかりと起きていて、いままさに立ち上がろうとしているではないか。

「私はこの3年、狭い棺の中で我慢したというのに。浅浅は再婚しただと?」

「父上、母上には新しい子どもも居ます。だから、阿離は要らないって。」

「新しい子どもだと?誰の子だ?」

 

阿離を左腕に抱くと、天族太子の威厳はどこへやら、夜華は青丘へすっ飛んで行った。

 

後に残された子蘭上仙が棺の隣で大笑いしていたことを、同行の星君2人は知らない。

 

 

 

青丘の狐狸洞前で、白浅は両親や兄たち、墨淵上神や令羽上神、迷谷と畢方、たくさんの子狐達と一緒に待っていた。

 

愛する夜華と、阿離を。

 

初め黒い点に過ぎなかったものが、僅か1・2分で『空飛ぶ神仙』と判るまでに見えると、白浅の父である青丘狐帝白止上神を残して皆、狐狸洞の中に入って行った。

 

これから狐帝白止は大事な娘である浅浅のため、『一芝居』打たねばならない。

 

 

 

3年前、白浅手縫いの黒い下衣(パジャマ)で狐狸洞を去った夜華は、そのままの姿で白止の前に立った。

 

夜華が左腕に抱きかかえていた阿離は、夜華が『全速力で飛行する』ことを優先したため、いまは目を回してグテングテンになっているが、とりあえず寝かして置く。

 

開口一番、何を口にするべきか、夜華は迷った。ここに白浅が『居ない』という事は、越えねばならない問題が有ると予測出来た。

問題は、その問題がどの部類に入るか、である。

 

夜華は両手を胸の前で組むと、『義父』であり『上神』である狐帝白止に相応しい礼儀に基づいて、挨拶をした。

「義父上、愚息の夜華がご挨拶申し上げます。ご無沙汰しておりました。」

「天族太子・夜華君から、義父上と呼ばれる覚えは無いのだが?」

「ぜひ、義父上と呼ばせてください。夜華は白浅の夫であります。」

 

演技下手の狐帝白止は、もうすでに夜華君からの『義父上』呼びにメロメロになっていて、厳しい顔を続けることさえ耐え難くなってきた。

しかし、やらねばならない。

 

「白浅なら、夜華君が亡くなったあと一年間、許嫁として喪に伏し、その後、縁あって『風家』に再嫁した。」

「白浅が再嫁したのですか?」

「風家の夫との間に、子も数人生まれている。諦めてくれ。」

「義父上、私が欲しいのは『白浅』ただ1人。再嫁して夫が居ようと、子が居ようと諦めません。」

「青丘白家が認めた白浅の夫は、『風家』の男だ。夜華君ではない。」

「夜華はもう、白浅の夫ではありませんか?」

「…違うな。」

 

夜華は組んでいた両手を下に降ろすと、改めて左腕を挙げ、手をかざした。青く光輝く『青冥剣』が現れた。覚悟を決めた。

「青丘狐帝白止上神に申し上げる。『九尾狐族の掟』に従って、白浅の現夫との決闘を申し込む。ただし、私が勝っても『子の命』は保証しよう。浅浅を泣かしたくない。」

 

狐狸洞の中から現れた墨淵上神が、呆れた顔で夜華を見ていた。腕には墨淵そっくりの子狐を抱いており、墨淵によく懐いていた。

「狐帝が『風家』だと教えたのに、この墨淵が白浅の夫と知っても『決闘する』だと?正気か?」

「白浅はただ一人の妻だ、必ず取り戻す。」

「『決闘』したければ付き合うが、どちらが怪我をしても介抱するのは白浅で、怒るのも白浅だぞ?」

 

夜華に近付いてきた墨淵が、抱いていた真っ黒な子狐(九尾黒狐)をひょいと掴むと夜華の肩に乗せた。

子狐が「なう~」と抗議した。

 

「白止上神、夜華が帰って来たから『夫』はもう必要ないな?白浅との婚姻を解消する。子守りも終わりだ。」

墨淵は「はははっ、子守り頑張れよ。夜華。」と言うと雲に乗って崑崙虚に帰ってしまった。

 

令羽上神も抱いていた子狐(九尾白狐)の頭を撫でた後、夜華の肩に乗せて去っていき、その後ろには白玄夫妻が、白奕夫妻が、白真に、畢方まで、抱いていた子狐(九尾白狐)を夜華に抱かせると帰ってしまった。

 

最後に狐狸洞から出てきたのは、白浅と折顔上神だった。

2人とも子狐(九尾白狐)を3匹づつ抱いており、一体、白浅は何匹の子を生んだのやら…

 

夜華が抱くというより、子狐が夜華にぶら下がっている感じがする6匹を、狐帝夫妻が預かってくれた。

 

左手の青冥剣を身体にしまうと、夜華は手を伸ばして子狐ごと白浅を抱きしめた。

 

3年振りの抱擁は懐かしくもあり、気恥ずかしくもあった。

狐帝夫妻と折顔上神の前であったし、子狐が夜華の頭にしがみついては、かまってくるので。

「浅浅、包み隠さず応えてくれ。」

「良いわよ。」

「この子狐たちは・・・」

「夜華の背中に有る、私の爪痕を覚えているかしら?」

「覚えてる(原作より)。人間界に『修練』に行く前、浅浅が爪を切り忘れた夜があって。」

白浅が夜華の耳に唇を寄せると、小さな声で言った。

「私は答えを知ってるけど、子狐と爪痕、どちらが多いか確かめてみる?」

「・・・確かめなくていい。」

「そう?」

「阿離が『妹が欲しい。』と言っていたが、心配要らないな。」

 

やっと起きてきた阿離が、子狐の弟妹に囲まれてびっくりしている。

「墨淵師匠と令羽師兄が『推古鈴』を作ってくれたから、四兄が『白玉』で名前が判るようにしてくれたの。」

 

白浅が生んだ夜華の子狐は12匹、夜華そっくりの九尾黒狐を除けば、全て白浅によく似た九尾白狐で男女の別も判らない。

「『推古鈴』の御守りとは、珍しい。」

「これは阿離の分ね、良い音でしょう?」

白浅が阿離の分と言った『推古鈴』は、佩玉の一部に見えるようにして『織結び』した。

 

白真は趣味で、白玉で細工物を作っては贈り物にしている。

 

子狐たちは夜華が居ない時に生まれたのだから、『命名(後見人も兼ねる)』したのが青丘白家なのは仕方がない。

そう考えた夜華が、子狐の首に下げられた『推古鈴』の横に小さな白玉に漢字で数字が掘り込まれているのを見た。

 

えっ?

まさか、子狐の名が『漢字の数字(甲乙丙丁よりはマシだが。)』?

 

「浅浅、ちなみに、この子狐の名は?」

「えーとね…」

夜華はまさかと思った。

産みの母である白浅でさえ、子狐の名が判らないなんてことは…

「あっ『八』と書いてあるから、小八(息子)よ。さすがに小さすぎるし、12匹も1度に生んだ九尾狐は私しか居ないから、慣れてね。」

…夜華君がっくり。

 

「浅浅、子狐たちの幼名(一から十二)はいいとして、人の姿に成った時の『名』は私に決めさせてくれるね?」

「良いわよ、頑張って。」

「頑張って?」

「父も母も、一度に『12個』も良い名前は思いつかないから、墨淵師匠に任せるつもりだったのよ。一応、父親だからってね。」

 

夜華は思った。

 

今日、この時に狐狸洞へ戻って来ていなければ、白浅も12匹の子どもたちも、全く違う人生に進んでしまっていて、夜華と家族になることは二度となかったかもしれない。

 

危ない。

白浅から目を離してはいけない。

 

 

翌4月2日へ続く。