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フィリッピンの観光名所

(13) ミンドロ島とパナイ島の間のセミララ諸島

ミンドロ島とパナイ島の間にあるセミララ諸島に行ったことがある。

午前2時に起床してマニラ空港に行き、午前5時発のミンドロ島南部マクガイア飛行場、

サンホセ空港行きの飛行機に乗り、現地の飛行場に着いたのは午前6時。

現地に知り合いのお兄ちゃんが迎えに来てくれていた。

それから車で1時間余、フェリーボート乗り場に着いたのは午前8時。

フェリーボートはいたが、出発時間は何時になるかわからないという。

荷物と乗客がいっぱいになったら出港するという。

仕方がないからとにかく待つしかない。近くの雑貨屋が用意してくれた

メシと魚だけの朝食を他の乗客と一緒に食べた後、ひたすら待つのみ。

大型トラックから米袋を積み込んだり、雑貨を積み込んだり。

その内に乗客もだんだん増えてくる。とうとう午後3時まで掛かってしまった。

やっと出港した。船内には海水浴の時に使う簡易パイプ製ソファがビッシリ

並んでいる。その一つに寝コッロがると狭くて身動きがとれない。乗客160人。

よくフェリーボートが荒天で沈没し、多数の犠牲者が出るわけがわかった。

それでも我慢して2時間。ようやく最初の港に着いた。現地のお兄ちゃんと

下船し、今度は通船に乗り換えて1時間。午後6時半にやっと目的地にたどり着いた。

マニラ空港を出たのは午前5時半。13時間の長旅だった。倍ほど遠いセブ島や

隣の島パナイ島でも3時間足らずで行けるのに。

帰りは代理店に頼んでチャーターボートでマクガイア飛行場に近い港まで

直接送ってもらったら6時間足らずでマニラに着いた。

沈没するのもイヤだけど待たされるのも辛い。今度は絶対フェリーボートに

乗るまいと思った。

チャーターボートでの帰途、エメラルドブルーの海と美しい島々が見えたのは

収穫だったが、島々の至る所が大きくハゲ山になっているのは興ざめだった。

それは、戦後日本の商社がバナナのプランテーションのために開発し、

一時は順調に経営していたが、ダメになるとやりっ放してしまったからである

同じ日本人として恥ずべき爪跡は、今もなお現地に克明に残っている。

第二次世界大戦の日本軍の侵攻、そして無条件降伏。戦後も商社の侵攻そして

無責任放棄。「無条件降伏」とか「無責任放棄」という言葉は日本人にピッタリ

なのかもしれない。

商社の連中は、歴史を振り返る頭がないのか今もなお世界中を物色している。

「物色」という言葉はコソ泥だけに使う言葉ではないことがわかる。

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10年間に亘る私または私の補助者による現場の取材に基づいています。

最も注意した点はコピーライトに抵触する可能性を悉く排除したことです。

<自作本抜粋> でも世に出しているものではない。出し方がわからない。