・・・✤BLを含む完全妄想のお話です✤・・・






「気をつけて」

『あぁ……』


────ガチャ……


ドアを後ろ手に閉め、ドアスコープとモニターカメラの死角でそっと息をひそめ頭の中でゆっくり30数える

カチャンと鍵が閉まる音を聞き、追加で10数えてから革靴の底を鳴らさないようにその場から立ち去った



乗客の少ない最終電車、ドアに寄りかかり暗い外の景色をいつものようにぼーっと眺め
途中の駅で乗り込んできたカップルは、混んでもいないのぎゅっとくっついて、仲良さそうに顔を寄せて微笑み合い、一緒の駅で電車を降りていく


さっきまでの行為を思い出せばジンジンと身体は熱くなるのに、なぜかひとりぼっちの俺の心は虚しくて


『金曜だからお泊りかね……』


そう呟いてから、これじゃまるで妬んでるみたいだと苦笑いが込み上げた





これから社会に一歩踏み出すという大事な節目に風邪をこじらせて、10日遅れでの初出社


周りより短い研修期間を終え、決起集会と銘打たれた同期との飲み会、既に結束力が高まっているような奴らとの温度差を感じて、すみっこで一人飲んでいたところに声を掛けてくれたのが彼だった


「ねぇ、君は何課だっけ?」


俺が場に馴染めずにいると思ったのだろう
学生時代にもクラスに一人はいたな、世話好きのこういう奴


気を使ってくれているのか色々と話を振ってくれるけど会話が弾むわけでもなく、でも盛り上がってる輪の中心から何度も呼ばれているのにそっちに戻ろうともしない


俺なんか相手にしてて楽しいか?


変な奴……


整った顔立ち、スーツ姿でビールを飲む姿なんて同い年だというのに既に立派なサラリーマンに見える


でも、大口開けて唐揚げを頬張ったり、騒いでる奴らを見てくだらねぇと笑ったり


どこか少年っぽさが残る彼に俺はすっかり気を許していた





デスクワーク中心の俺と外回りが多い彼、同じビルにいるはずなのに社内で見掛けることは稀だった


それでも、課内の女性社員からの噂で彼のことはよく耳にしていて


今年の新卒にイケメンがいる
どうやら入社試験もトップだったらしい
などなど


そりゃ注目を集めるよなと納得しつつ、社食で男女問わずにワイワイとしているのを見掛けた時は、なぜか胸の中がモヤモヤとした




彼が仕事でミスをしたことも同じように女性社員からの話で知った


偶然にも帰りが一緒になり、落ち込んだ様子が気になったので何も知らないフリをして飲みに誘うと、彼は自らそのことについて話してくれて


優秀だというからプライドも高いのかと勝手に思っていたけど、俺が聞いた先輩からのアドバイスを素直に受け取る態度に好感が持てた


表情が明るくなった彼にほっとして、そこからは仕事の話も含めてお互いのことを色々語り合った


性格こそ正反対のような俺たちだけど、案外趣味嗜好が似てると知り嬉しくなって、今までこんなにも気を負わずに一緒に居られる奴がいたかなと思っていたのに


まさか、あんなことになるなんて……




自分の性がマイノリティだと気付いたのは中学生の頃、誰にも言えずにずっと秘密にしていたこと


好きになった人もいるが、成就したことは一度もない

そもそも気持ちを打ち明けたことがなかったのだから


そうやって心は隠してきたけども、身体はそうもいかず

一人で慰めて発散させていた欲、興味本位で覗いたソッチ系のサイト、勇気を出して足を踏み入れ初めて抱かれる喜びを知った


相手はその場限りの名前も知らない顔も覚えていないような奴ら

悪いことをしているとは思わなかった

欲に従順なだけ


だけど、こんな俺を彼にだけは知られたくなかった


引いてないとは言うけど彼の表情は明らかに曇っていて、俺は初めて自分のしてきたことを恥じた


軽蔑されたと思っていたから、彼からの誘いの言葉にはかなり驚いた



気まずい空気を変えようと冗談で言っているんだと思ったが、少し震えているようにも見えて


本気なのか?
真面目そうな彼に限ってそんなバカな


でも……


一度だけでもいい、彼に抱かれてみたいと願った俺は、彼が罪悪感を持たずに済むようにわざと挑発的にその誘いに乗った