今日はご報告があります。
新しい、恋人ができました。

実はかれこれ半年くらい前に新しい恋人が出来ました。
亡くなった彼…が亡くなってから(日本語なんか変ですね)
ちょうど1年くらいのタイミングです。

実はこのブログは更新するごとに私のTwitterで更新のお知らせを
配信していました。そのTwitteを私の今の彼も見ているということもあり
…新しい恋人の前で昔の恋人のことをつらつらと書くのはいかがなものかと
考えてしまい今までブログを更新せずにいました。

もしかしたらまだ自分の中で整理しきれていなかったのかもしれませんが。

このブログに読者がいたとしてもそれはTwitter経由の読者だろうから
今の私の状況も知っているだろうと思っていたのですが、
このブログ単体でしか私をしらない読者がいたとすれば(いるのか!?)
ちゃんと状況を書いておきたいなと思いキーボードをたたいています。

そして、彼に遠慮してブログ更新を控えていたものの
私の中の「書きたい欲」というのもあり…
またつれづれなるままですが、思い出と今の日常も書いていければいいなと思っています。

今の彼について少しだけ。
彼は私が亡くなった彼と闘病生活をしていたことも、彼をなくしたことも知っていて
内輪での弔う会にも駆けつけてくれました。亡くなってから付き合うまでの約1年何かと気にかけてくれずっと近すぎない距離で支えてくれたひとでした。
一緒にいてとても居心地の良い大切な人です。

さて、付き合うにあたってですが、私の心の中で「新しい恋人を作る」ということに対しての抵抗(罪悪感?)は全くありませんでした。亡くなった彼は何より私の幸せを願っていましたし。

ただ、当時支えてくれた亡くなった彼の友人達に報告したときは少し気が咎められました。もちろん、その報告に眉をひそめる人なんていないのですが。
そして報告後に亡くなった彼の友人からのメールの「Mちゃんが今を生きているようで安心しました」という文章にちょっと切ない気持ちを抱いてしまいました。

それはなぜなのか。

私と支えてくれていた人たちを繋いでいたものは「亡くなった彼」ですから、私が新しい人を作るというのはその人たちとの関係も薄くなってしまうような感覚になったのかもしれません。
彼が亡くなった今、やはりあの時と同じ人間関係では居られないです。
でも、それは悲観するべきことではないはずです。
縁が続く人もいれば続かない人もいる。それはこれからの私次第ってだけですから。
全てはこれからの私次第なんです。

いろんなことが日々変わります。
過去に浸り止まってはいられません。

けれども過去が無ければ今もありません。

過去を忘れるのではなく、大切に思い出しながら、今に向き合っています。


「彼のことを思い出して泣く」と、例えば私が言ったとしたら、それを聞いた人は愛しい彼が亡くなったことが悲しくて涙するのだと思っているのではないかと思う。

そういう気持ちもあるけれど、私の悲しかったり苦しかったりする気持ちは「人の死」に対するものだけではないのだと最近気づいた。

もっと言うのであれば私は彼の死を恐らく人が思うほどマイナスには捉えていない。
もちろん生きてほしいと願っていたし、生きるためだけを見てきたけれど、死が不幸という認識は私たちにはなかった。

私が彼のことを思い出して苦しくなる理由の1つ、それは「壮絶な病の記憶」だ。

特にひどかったのは彼の癌が脳転移してからだった。
脳の中で膨らんで行くがん細胞は彼の脳を圧迫した。
その激痛は私には想像もできないものだった。

脳に放射線をかけて小さくしようと試みたものの、今度は放射線の影響で頭が火照る。
癌も一気に無くなる訳ではないので痛みは収まらない。

彼は毎日叫んでいた。言葉通り、おもいっきり大声で。
モルヒネさえ効かない、鎮痛する手段が何もない頭痛に対して彼は大声で叫ぶことしかできなかった。

それが「1日中」。叫びを聞いているだけで気がおかしくなりそうだった。痛みは、残酷なことに眠りにつこうとするすると激しくおこる。痛みから逃げるために彼は眠れなかった。

火照る頭を冷やすために我が家にアイスノンは10個以上置いてあった。ストックが無くなるのは命取り。1日中使うので決して多すぎることはなかった。

抗がん剤と放射線で丸坊主になった彼の頭にアイスノンをのせるものの直接当てると冷たすぎるしタオルに包むと今度は冷たさが伝わらない。1番効果があるのは、私の手をアイスノンでキンキンに冷たくして、その手を頭にのせることだった。

彼が眠ることができるように私は夜通し彼の頭を冷やすようになった。
手の感覚がなくなるまで自分の手をアイスノンで冷やして、彼の頭にのせる。私の手が彼の頭の熱を感じ始めたらまた手を冷やす。それを何十回と繰り返した。

彼が眠りについたと思ったら、私も布団に入り眠り始めるものの、すぐに彼の叫び声で飛び起きる。
叫び声が聞こえたらダッシュでアイスノンを冷凍庫からもってきてまた私の手を冷やす。

本当にひどかった1週間は私は眠らずに夜通し彼の頭を冷やし続けた。
案外人って眠らなくても仕事できるし生きていけるものなんだなとそのとき思った記憶がある。

面白いことに、彼が寝ていたとしても私は彼の息づかいと微妙な表情で「痛みがくる兆候」を見分けることが出来た。それを瞬時に判断し、タイミングを間違わずにしかるべき処置(手をキンキンに冷やしてあてる)を施すと頭痛がくるのを事前に止めることもできる。
痛みを止めて、彼が起きずに7時間程眠れたときの私の達成感!!

眠らない看病というのは確かに大変なものはあったけれど何もできずに叫んでいる彼をただ傍観することしか出来なかったら、それの方が辛かった。

けれども、彼の叫び声にいつも緊張していた私は、その頃彼の叫び声の幻聴を聞くようにもなった。
線路沿いを歩いているときに電車が「プーーーーー」っと高音を出してかけぬけていったときそれが彼の叫び声に一瞬聞こえて「ちょっとヤバいかもな、私。」と思った。

お風呂に入っていたときに、疲れて湯船でうたた寝をしてしまった。
彼の叫び声が聞こえて湯船から飛び出して、ずぶ濡れのまま寝室に駆け込んだら、「そんなに慌ててどうしたの?」と彼が振り向いた。誰も叫んでいなかった。テレビもついていなかった。
ちょっとだけ自分が怖くなった瞬間だった。


彼は私と付き合って約3ヶ月で末期がんと告知された。
私が健康(だと思っていた)彼と付き合ったのは数ヶ月。歩ける彼と付き合っていたのも数ヶ月。

だからか、彼が亡くなったあと私の夢に出てくる彼は「坊主で」「車いすに乗っていて」もしくは「ベッドで苦しそうにしている」彼だ。私の記憶の彼はほとんど病気の彼でしかないのだ。

例えば夢の中で現れる彼と私がラブラブで旅行をしたり、愛を語り合ったりしていたら「彼の死」に対して切なくてやるせなくなって涙するのかもしれない。

でも、私の場合は違う。私の中の彼は懸命に病と戦った彼だ。苦しくて叫んで、それでも頑張って生きようとした彼だ。

だから私は彼のことを思い出すと苦しくなる。涙が出てくる。
彼の死が悲しいだけじゃない。壮絶な病と立ち向かった彼を思い出すと彼の痛みや苦しさは決してわからないけれど、病というものがどれほど悲惨で残酷なものかはわかる。その壮絶な記憶が私を苦しくさせるのだと思う。いや、それをわかっていながらも「生きていてほしかった」と思う気持ちが辛いのかな...。これだけダラダラ書いたくせにまだやっぱりよくわかっていないかも。ごめんなさい。

それがわかったところで、何が変わるわけではないのかもしれないけれど...。
けれど今まで得体の知れない自分の中でわき上がる「苦しさ」や「悲しさ」を自分自身でも一色単に「彼の死の悲しさ」としてごちゃ混ぜにしてきた。だから自分でも彼の死というのが私にとって何なのかわからなかった。どうして悲しいのか苦しいのか。時に腹が立つのか。私は何かを望んでいるのか。後悔しているのか。

まだわからないことの方が多いけど。
きっと何かがわかるときがくる気がしている。

そこにはとても大切なことがある気がするから、私はもう少し向き合ってみようと思う。
彼の死ではなくて、自分自身に。
今日で、彼が亡くなってから10ヶ月たった。
速いのか遅いのかよくわからない。

私はこの10ヶ月いったい何をしていたのだろう。
彼のことを思ってみたり忘れてみたり。
悲しんでみたり怒ってみたり。
恋をしようと躍起になったり、やっぱり忘れられないと泣いてみたり。

何も変われていないんじゃないかと、あのときから時間は進んでいるのだろうかと
不安になるときもある。

1年という区切りを、私はどこかで期待している。
1年経ったらもう、いいかげんに終わりにできるんじゃないか。
1年経ったら終わりにしていいんじゃないか。

逆にいうと私はまだ終わりにできていないのだ、とも思う。

残された者の勝手な儀式かもしれないけれど
彼のお墓参りさえまだできていない(お墓がまだない)。
彼が亡くなってから、彼の居場所をどこに置いたらいいのかがわからない。
彼は私の心の中にいる、なんてそんな傲慢な風には思えない。

今もまだ宙ぶらりん。

彼が亡くなって数十日(1ヶ月ちょっと)は彼が私の頭の右上からのぞいているような
感覚がいやにリアルにあった。だから私も変に緊張したものだった。
彼は生前私が飲みにいくのをひどく嫌っていたのだけど、一方で私は飲みにいくのが大好きだった。けれど彼が亡くなってからは「彼がみているから」飲みにいけなかった。ふらりと飲みに行きたいような日も正直あったのだけれど、なんせ彼が私のすぐ近くでみているから躊躇ってしまう。「大丈夫、いかないからね。今日は家に一直線にかえるからね」と危なく声にだしてしまいそうなほどに彼は私の近くにいた。

飲みに行かないだけじゃない。彼が見ているから、私は凛としていないといけない気がしていた。
彼が見ているから私は悲しい顔をしてはいけない。そんな重圧が私にはあった。
だから私は彼の看病をしている時よりもしっかりと化粧をしてよく寝てよく食べた。

その頃いろんな人が私のことを気にかけてくれてよく一緒にご飯を食べにいったのだけれど
そのとき、闘病中にお世話になった年上の女の人にこういわれたのが印象的だった。

「えらいえらい。つらいことがあってもちゃんとキレイにしているあなたはえらいよ。」

また、そのとき初めて合った飲み屋の店主にはこんな風にいわれた。

「実は、あなたが最初にきたとき、素敵な彼と待ち合わせをしているのかと思ったの。そんな風に思えるほどあなたからは幸せなオーラが漂っていたのよ。」

背筋をピンとのばして、口角をあげる。私は不幸になんてならない。そんなこと、彼は望んでいないから。

「ね?」と右上を振り向きたい衝動を何度もこらえた。

ちなみにそのことを当時私は誰にも話していなかったのだけれど、同じ時期彼の妹さんも同じような感覚だったようで、私と一緒に居るときによく右上に顔を向けて彼に話しかけていた。「今日はみちこさんと一緒にご飯なのよ。」と。

けれどもそんな感覚は次第に変化していく。最初は、右上に居る感覚から私の胸の中にいるような感覚に変わっていった。「ああ、これがいわゆる胸の中に生き続けるってやつなのね」と思いそれはそれで幸せな感覚だった。

悩みがあってもあの頃みたいに胸の中の彼に聞けばいい。相変わらずもう二度と会えないことはどうしようもなく寂しかったけれど、何も怖いことなんてないし寂しいことなんてないんだと無理矢理でも思うことができた。

しかし、そんな感覚もだんだんと薄くなっていった。その頃から私は「彼が居なくなる」ということに焦燥感を抱くようになる。このブログを始めたのもそんな焦燥感から「彼のことを忘れないうちに私の言葉で書き留めておきたい」という思いから始まっている。

そうこうしているうちに彼は私の中から居なくなってしまった。
故人はいつでも胸の中にいる、なんて嘘だ。

彼は、もう居ない。世界中のどこを探しても会うことはできない。
私の右上にも、胸の中にももういない。彼はもう見守ってなんていない。


私はそれに気づいたときに、もう一度絶望的な、そして自暴的な気持ちになった。

もう、彼が見ていないのならば、私が幸せでいる必要なんてないじゃないか。
私がどうなったって、もう関係ないじゃないか。
もうどうなってもいいじゃん。

そんな風に思えた。今まで躊躇っていたお酒にもよく飲みに行くようになったし
自分で自分のことを大切にしてない感じがよくわかった。

「私は、(彼のためではなく)もう自分自身のために幸せにならなきゃいけないのか。」
そう思ったときに、そのことにそれほど意味と意欲を感じなかった。

今、こうした文章を改めてかけているということはその自暴時期を脱したという風に思いたい。
いつから脱することができたのか。実はまだまだ脱することができていないのか正直よくわからない。それが、やっぱり1年は待たなければいけないのか。1年くらいじゃ終わらないのか。

けれどようやく、いろんなことの総まとめが始まってきているように思う。
自分の気持ちと生活のコントロール。自分の価値観の見直し。
彼と私のこと。
私は彼と過ごしたあの1年で何を思い、何を感じ、何を大切にしてきたのか。

私たちは一体なんだったのか。

バラバラと、まだぐちゃぐちゃと浮遊しているいろいろな感情を今自分の方にたぐり寄せて
抱きしめたい。どんな汚い感情も未熟で考えが及ばなかったことも、ぜんぶ抱きしめて、自分を許したい。ずっと苦しかっただろう彼のことや、言葉通り死にそうな中で彼が全身全霊で最後まで愛してくれたことも、もう一度全部受け止めたい。

もっともっと私は大きい人間になりたい。
大きな壁を私はまだ、乗り越えられていない。