SNSでお知り合いの方が、こんな記事をシェアされてたのを読んで改めて思い出しました

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「ありがとう」と言わない人は"必ず失う"



私は、日本での音楽学生時代の経験から、かなりのトラウマを抱えてたので、ずっと、日本の音楽業界に心を閉ざしていました氷の様に心は固まってました
そんなのを抱えながら、5年弱の在米生活より帰国したのですが ここ数年間で、私のその感触はガラッと変わりました 変えてくれたのは、コンサートの舞台裏のスタッフとして、超一流の演奏家さん達と接する機会に恵まれたからです

2013, 15, 16年夏には、うちの師匠と漆原啓子さんのリサイタルの譜めくり( &プチ通訳)、そして、確か2014年だったと思いますが秋に、ヴァイオリニストの樫本大進さんが総合音楽監督を務められる、赤穂姫路ル・ポン国際音楽祭で、2日程でしたが、"通訳ボランティア" なるものをさせて頂けました 

この通訳ボランティア、というお仕事は、海外アーティストの方々を会場入り口、控え室、舞台袖間をご案内。リハ中、本番中は、控え室前か、舞台袖で待機。アーティストさん達のニーズをお伝えする役目が基本で、アーティストさん達の舞台裏を垣間見れる立場のお仕事だったのです
ただ、面白い事に、たまたま、タイミング的に、私がご案内係を務めたのが、日本人アーティストさん達でした まず初めに仰せつかったのが、姫路城二の丸でのコンサートの日、お城の前まで、ピアニストの小菅優さんをお出迎えに行く 結構緊張致しました何せ、小菅さんですから、、、 でも、頑張って声をかけ、自分が何者か伝えた後は、とっても自然で 威圧感ゼロ とても丁寧に接して下さいました 確か私より数年お若いですが、服装もシンプルで飾りっ気無く、ある意味、とっても普通
もうお一方、すっかりその時ファンになってしまった、ヴィオラ奏者の清水直子さん ベルリンフィルの首席奏者を10年以上に渡って務めてらっしゃる方です もう長い事ドイツ在住でいらっしゃるけど、とても大和撫子な佇まいの方 落ち着いてらっしゃるのは、ヴィオリストさんの特性かしなんて。清水さんが、何かをホテルに忘れて来られたとの事で、他のスタッフの方が手配したタクシーに乗れるよう、乗り場までご案内私もその日お仕事初日で、緊張してたけど、小菅さんや清水さんが本当に丁寧に接して下さり、もちろん、"ありがとうございます"と 自然に仰っられたのに和みました
そして、舞台に上がられ演奏された途端、物凄いオーラを放たれるのです

その日と、もう1日は、書写山円教寺の境内でのコンサートでしたが、もちろん、音楽監督である樫本大進さんの舞台裏のお姿も沢山垣間見させて頂けました🎻 監督として、他のアーティストさん達を取り纏め、忙しくされながらも、ボランティアスタッフの我々にも常に気遣って下さり、お陰で、とても楽しく、かつ刺激に満ち溢れた時間を過ごさせて頂けました ボランティア、と言っても、彼らと接する機会に恵まれ、演奏も部分的には聴かせて頂けて。そして、最終日には、パーティーがあり、その時は、アーティストさん達が我々ボランティアスタッフをもてなして下さり、お話したり、サインや写真に快く応えて下さいました お金に代え難い経験とお土産を頂きました
海外アーティストさん達の中では、クラリネットのヴェンツェル・ブックスさんが特に色んな意味で印象が強烈でした スンバラシイ、私が人生で初めて聴いたようなキラキラのクラリネットの音をバルトークのコントラスツで聴かせて貰って、楽屋前待機に戻ったら……ショッキングピンクのトランク◯姿で、お仲間さん達と楽器持ちながら歩き回りながら談笑してらして

そして、この経験にプラスして、師匠と漆原さんとの舞台裏のお手伝いは何度も 前にも啓子さんのお話は書いた事がありましたが、兎に角いつも自然体で丁寧で誠実で優しい レッスンされる時は、ビシバシな面も沢山拝見しましたがでも、終わったら、すぐいつもの先生に戻られ、ちゃんと生徒さん達にフォローもされてるそれだけ、真剣勝負でどの生徒さん達も教えられてる、って事ですよね私は、また、その、啓子さんのレッスンに臨まれる姿にもすんごく感動しました全ての生徒さん達に対して、一切手抜きされない生徒さん達のレヴェルによって、態度を変えたり、というのが一切無いのです 全ての生徒さん達に分け隔てなく丁寧で真剣勝負
そして、啓子さんも、それこそ、いつも本当に丁寧に、"ありがとう"と仰って下さいます スタッフとしてお仕事してると、その一言が本当に身に染みます色々大変な事もあっても、全て報われます お仕事してても、ぞんざいに扱われる事も多々あったので、啓子さんの私に対する態度そのものが本当に有り難く、やはり、心に染みる温かい音楽は、その人となりから滲み出る物なんだな、とよくわかりました

私は渡米するまでの期間10年程、音楽界で、まさにこの記事に出て来るような、"そこにいてる事も気付いて貰えない、存在を消されてる" そんな感触をずっと味わってました 弾ける子達にしか、皆興味が無いのです、周りが 自分と個人的繋がりのある先生達ですら 私の親友が1番良く弾けた子だったのもありますが、それは物凄く顕著でした2人でいてたら、大抵の先生方や生徒達は、親友だけを見るし、話しかけるのです 彼女は、私を大事にしてくれてたので、それを嫌がってましたが これが、私の被害妄想で無いのがはっきりするのは、そうでは無かった先生方がいらして、良く覚えてるからですその先生方は、ちゃんと、私達2人を見かけたら、私も入れて顔も見、お話して下さってました 最近、この経験が私のその後の心にどんな影響を与えたか、心理学的に教えてくれそうな本に出会い、読み進めるのを楽しみにしていますアメリカで、去年秋に出版されたばかりのもので、ジュリアードのピアノ科で修士課程までされたピアニストさんが、後に緊張症に悩まされた末に、ミシガン大学で心理学の博士号を取られたのですそんな方が書いて下さった、緊張症克服の本 ちょっと見た感じ、かなり説得力ありそうです

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まぁ、そんなで、存在を抹殺するかのように扱われる学生時代を過ごし続けた末に、凍りついてた私の心は、啓子さんと、ル・ポンで出逢った演奏家の方々に接する機会に恵まれた事で、スーツと、溶けて、今では、大分日本の音楽業界の事情にも通じて来ました つい数年前までは、そこへの心の扉を閉ざしてたんだなぁ、と改めて思うと、なんとも不思議です

あっ、もちろん、師匠もそんな方々の1人ですよ もう、出逢ったのがだいぶ昔で、その後色々な事を師弟として経験し、長い長い仲なので、新鮮な刺激にはならないのかもしれません(爆)