久々に連続投稿

つい先日、SNS上で、私が大学在学中に1年間教えて頂く機会に恵まれたニキタ・ユジャニン先生が、また来日を再開されてるご様子なのを小耳に挟み、調べてみました
怪我の無い機能的奏法へ生徒を導くのにとても長けた、ロシア生まれの教授で、私が大学3年生にしてやっと巡って来た、完全なる奏法改造に取り組める機会でした 沢山の音楽大学で客員されて来ており、日本でも知る人ぞ知る先生です
プロフィールが載っていました こちらです↓


何だか、当時はまだ色んな事、指導法メソッドの流れや背景、そんなのが良く分かってなかったのですが
ユジャニン先生は、あのネイガウス氏の薫陶を受けでらしたんですねぇ ショパンコンクールに優勝して一世を風靡したピアニスト、ブーニン氏のお祖父様で、今言われている、"ロシアン奏法"の権威のような方、と伺ってるように思います。

そして、ちょっと調べてみたら、繋がりました テクニック、という側面において、我が永遠の憧れのピアニスト、ベレゾフスキーのお師匠様である、ヴィルサラーゼ先生が正に、ネイガウスのお弟子さん恥ずかしながら、その辺の繋がりを知らずに、実際に耳で聴き、目で見て、"この奏法が良い" と、追い求めていました  ベレゾフスキーは、今でも、やはり、彼を抜くピアニストは居ないんじゃないかと思えるテクニック 去年夏に、ザ・シンフォニーホールで、ヴァイオリンの諏訪内晶子さんとのデュオを聴きに行き、久々に、ヤられました ベレゾフスキーと諏訪内さんがそれぞれに優勝した、1990年のチャイコフスキー国際コンクールのビデオを何度も何度も擦り切れるほど観ていて、高校以降は、"気分だけでも良い奏法で" と、ベレゾフスキーの弾くラフマニノフ3番の協奏曲のビデオを観るのが、試験や本番前のイメトレの一環でした
そんな折、通っていた音楽高校に、ユジャニン教授が公開レッスンに来られ、タッチ、奏法を手から手に丁寧に教えられてるのが、とても印象に残っていました コレヴァー師匠に出逢った頃と被るかと思いますそしたら、その先生が、後に自分の通う大学に客員教授として2年間来られ、その2年目に当たる、私の大学3年生1年間を、ユジャニン先生に習える事になりました ( だのに、色々マイナスな経験を積み重ね過ぎて、トラウマになってた私は、新しい先生に習うのを異様に恐れ、大学教授と、前年度に習ってた友人に説得して貰って背中押して貰って、やっと決心したのですーーー

結果として、1年間では根本からの改造を試みるには短く、難問は沢山残されたままになったものの、タッチ改造の大きな要素は脳での"発想の転換"による、という事が理解出来出し、感覚的にも今までには無かった物を身に付けさせて頂け、自分には無理だと思われたリストの大曲、"バラード第2番"を、何とか、ですが弾けるようになりました初めに、後期試験で弾いた時は余りにボロボロでしたがその後、春休み中に、音高の面々と病院コンサートをして、弾いた時は、それなりに弾けたようです 両親が客席で、聴いてた患者さん達で、"凄いねぇ、上手いねぇ"と言ってらした方々の声を聞いた、と伝えてくれ、素直に嬉しかったです ピアノやって来て、そんな風に言って貰えた事は無いに等しかったから 
その時の練習量、小さい時にどれだけ訓練積んだか、のみでは無い、何か、"コツ" のような物がある気がすると悟り出して、5年目くらいの時でした
1年、という期間は、長い年月をかけて身に付いた不健康な奏法を根本的に直すには余りにも短く、余りに話題に出して来ませんでしたが今から振り返ると、あの1年が、その後の師匠との勉強の機会を得る事に大きく繋いでくれたような気がします

そして、ユジャニン先生との勉強が終わって1年と数ヶ月後、コレヴァー師匠が私にコロラドで師匠と勉強する機会を与えてくれる事になったのですが……
何と、面白い事実を発見 ユジャニン先生の海外での活動をサーチしてみたら…

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2002年にアメリカのカリフォルニアで行われた、ラフマニノフ国際ピアノコンクール、なるもので、コレヴァー師匠の師匠である、アール・ワイルド氏と、ユジャニン先生が審査員として同席されてるではありませんか 因みに、私がユジャニン先生に教えて頂いたのは、2001-2002年度でした 

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ですが、どうも、このコンクールは色々と問題が多かったらしく、2005年に第2回があり、2008年に開催された第3回では、何だか奇妙な事になったようです…
上手くページを見れなかったので、確実な情報では無いですが、この第3回は、初めは、ワイルド氏が審査員長、ユジャニン先生が審査副委員長になる筈だったとか ただ、最終的に、当時御歳90を越えられてたワイルド氏が、審査員を降りてしまわれたそうです
ワイルド氏は、2010年初めに逝去されました

私は、師匠のピアノを学生時代に聴いた印象は、ベレゾフスキーと同方向性の技術だ、音だという事。最終報告は違うのですが、基本はかなり共通してるし、どんな時も、フォルティッシモでも絶対に音が割れない、汚い音は1つも無い 
という訳で、私の憧れのテクニックを、師匠なら教えてくれるかもしれないと思っておりました
師匠の技術は、ワイルド氏から来ているのは間違い無い、のは、ワイルド氏の演奏動画を観たら、一目瞭然 師匠とベレゾフスキーの先生方の系譜に共通点は 実は、トリフォノフ君ともあるかどうか気になってます 

ワイルド氏のお師匠様に、エゴン・ペトリ、という方がいて、当時の超大物ピアニスト&教師だった方なようですが ペトリ氏は、ブゾーニのとても関わりの深いお弟子さんだそう

ベレゾフスキーにも続いている、ネイガウスは、ゴドフスキーのお弟子さんだそうで…

ゴドフスキーとブゾーニ、という、ヴィルトゥオーゾ中のヴィルトゥオーゾピアニストで、それを存分に発揮させる数々の編曲で有名な人達に、辿って行くと繋がりました

私自身は、最終的には、ヴィルトゥオーゾ・ピアニストにはなれなかったし、また、それが自分の道だとも思った事は無いですが最悪のテクニックを身に付けてしまい、二進も三進も行かなくなった所からは、その真逆を行く超ヴィルトゥオーゾの世界を一度は目指すのが、私なりの、サバイバル法だったようです

しかし、アール・ワイルド氏の演奏、一度生でお聴きしたかったなぁ〜〜結構亡くなる直前まで演奏されてたようなので、残念 公開レッスンなんかも師匠は、確か13歳頃ワイルド氏の元へ行き、8年間はしっかり、ワイルド氏と勉強したそうですもちろん、その後も親交は続き、レコーディングのセッションに付き合って頂いたりした事もあったそう亡くなられる半年ほど前、カリフォルニアのご自宅に訪ねてお会いする機会があった、と聞いてます 
若い頃は、ワイルド氏の影響はかなり濃かった筈で、編曲や作曲の勉強にも精を出していたそう

纏まり無いですが…
そんな事でした

読んで下さった皆様、ありがとうございました