「言葉にすれば嘘になる。
奇跡の価値は体験と目撃によってのみ支えられるべきなのに、どうしてひとはそれを語ろうとするのだろうか。」
いまの愛読書の大好きな文。
実にその通りである。
この本
塾の女の子に借りた本
とってもとっても 変わった子
理解したいけども きっと 半分も いや 1ミリも
理解なんてしちゃあいない。
でも なんか
すき な おんなのこ。 ふしぎなこ。
ひとから 本を 借りて 読むということが すきです。
そのひとそのものだから。
近づける気がするから。 すき。
*
今日は佐野さんと
ウェルナー・パントン展を 観にいった
あたしは 一緒にいて 心地よいひとと 展示を観にいくことが多いけれど
いくら気の知れたひとと行っても
帰りがけに その展示について 議論をしたり 語り合ったりすることを 好まない。
し、同伴者もそう。
一緒に観て廻って
同じものを同じ空間で
感じあっている
それだけで 充分だから。
きっと それぞれ 観ている部分は 違うし
感じていることも おもっていることも 違う。
だけど
どこかで 少なからず 共鳴しあっていて
なんとなく それが 幸せで。
それだけで 充分なんだ。
わかるんだ。
語る必要性がないことが。
だけど
帰りの 浦安の飲み屋で 多くのことを 語り合いました。
展示以外のことで、ね。
特に話していて楽しかったのは
「図画工作」について。
改めて図画の重要性とか 遊びの大切さ 心地よさ 感じたな。
実際に ものを つくっているひとと 話をするのは 楽しい。
って
こうやって 「言葉」にしてしまっている時点で 真実性の虚無さに 拍車をかけてしまうのだけれども。
ひとは 自分も含めて どうして 語ろうとするのだろう。
運命 さだめ だろうか。
とりま
図画の先生になりたかったと 真剣に おもう 今日この頃。