「そーちゃん、明日ピクニック行くねん♪」

保育所の遠足が目前に迫り心躍らせる次男。

そんな姿を微笑ましく眺めながら、遠足の前の日はワクワクするよねーと昔の自分を思い出す。・・・

 

「200円まで」と決められたお菓子を何にしようかと 駄菓子屋で悩みまくったなぁ・・。

甘いお菓子と辛いお菓子の配分。

安いお菓子と高いお菓子の配分。

ベストな配分を考え抜いた挙げ句、結局我慢しきれずに家で食べちゃうんだよねー、なんて。

 

まあ思い出すのは“お菓子の思い出のみ”なんですけども、

あの時の“ワクワク感”は今でも鮮明に思い出す。

 

-----

 

 

僕は今、あの頃の“ワクワク感”とは少し種類が違うけど、とてもワクワクしている。

 

だって、社会の変革が、僕の目の前で起こるかもしれないのだ。

しかも、ただの傍観者としてではなく、一人の担い手として関わることができるかもしれないのだ。

そして子どもたちを“真に豊かな社会”の中で住まわしてやることができるかもしれないのだ。・・・

 

今、日本の政治が、その“本性”を露わにし始めている。

国民の多くが その“おかしさ”を感じ、変化を求めている。

「国民のための政治をしろ」と。

 

日本人は優しい。そして奥ゆかしい。

僕はそんな日本人が大好きだ。

しかし、どうやら現政府は、そんな日本人の優しさに甘え過ぎていたようだ。

ちょっと図に乗り過ぎたなと思える。

 

でもある意味その“おかげ”で今、一気に社会が変わろうとしている。

国民が立ち上がり始めている。

 

 

また、世界も平和に向けてまっしぐらだ。

先日行われた北朝鮮と韓国の南北会談。

約70年ぶりに、南北の平和体制が築かれようとしている。

 

世界も一気に変わり始めている。

 

 

今、この日本が時代の“ターニングポイント”にあることは間違いないだろう。

多くの国民が、今の社会に疑問を感じ始め、

「じゃあ次の社会をどうしよう?」

と考え始めている。

刺激を求めるタイプの僕は、この渦中にいられることだけでワクワクしてたまらない。

 

もちろん傍観者として、この変化を楽しむこともできる。

それはある意味安全で、堅実な楽しみ方かもしれない。

 

でも僕は敢えて、誘いたい。

 

「一緒に駄菓子屋に行かないか?」と。

 

そして、ベストなお菓子の配分を悩み抜いたあの頃のように、

 

「“ベストな社会の在り方”を一緒に考え、その社会を実現させていかないか?」と。

 

 

僕らは“偶然”にも、

この妄想を 本当に現実化することができるかもしれない地点にいるのだから。