失業中の生活を振り返る~最近作った食事を添えて~
ブログを更新していなかった、この1年半くらいの間に、わたしは以前の職場を辞め、新しい環境で働き始めた。
今の職場で働くまでにたくさんの葛藤や辛い思い、そして嬉しかったこと…
いろいろな経験を身体的・精神的にすることができた。

共働き生活に戻ったから、平日は簡単に作れるもので、夕飯を済ませることが多い。
キーマカレーやガパオライスは、美味しいルーが最近出回っているから、簡単に異国情緒溢れる食卓にできることが嬉しい。
仕事を退職したのは2020年3月。
巷は新型コロナウイルスの驚異に振り回されていた最中。
回りの家族や友人たちには「いい時期に辞めれたね」なんて言われていた。
別にコロナが流行りはじめて嫌になったから辞めた、とかではなく、わたし自身の問題だった。
一番の理由は、子宮筋腫とチョコレート嚢胞で手術が必要になったこと。
別に術後休職して復帰することも可能だったけれど、同じ環境にいることが辛くなったこと、回りから求められる自分に追いつけないこと…
などなど
「逃げ」と思われても仕方のない理由で辞めた。
でも、わたし自身を健康に保つために、これからの人生を悔いなく過ごすために辞めた。
このタイミングで正解だったと、今でも思っている。

りんごのコンポート作ろうとしたら、甘いものが得意ではないわたしは、恐る恐る砂糖を入れたもんで。
かなり自分好みの甘さにはなったけど、パンとかに添えたり、パイに入れると存在感が無くなりそうな味わいになった。
実際には、2月と3月に有給休暇を消化させてもらえたから、2月の半ば以降出勤はしていなかった。
いただいた有給は、入院・手術・体力回復で消化したようなものだった。
もし、退職しないで働いていたら、2週間は診断書をもらって休むことができたのだが、術後は創部痛や腹部膨満感、倦怠感などで到底スムースに働けていたとは思えない。
事実、体力が戻ったな、と感じたのは3月も終わりに近づいた頃だった。
それだけ、全身麻酔下の手術は侵襲が大きい、ということを身をもって体験できた貴重な時間だった。
退職前、友達(入職時から仲良くしてくれた戦友でもある)と、「退職旅行したいね!」などと話していた。
予算を決めて、それに見合う日数と場所を探していた。「モルディブやプーケットがいいね!」なんて話していた。
しかし、その夢はかなわなかった。
体力も回復した3月。
待ち受けていたのは自粛生活。
それでもわたしは、仕事から解放され、初めての長期休みに浮き足立っていた。
事実、そこまで苦痛を感じなかった。
むしろ、回りの人たちに「退屈じゃない?何してるの?仕事しないの?」と言われる方が辛かった。
夏になり、秋になり
自粛ムードとともにありながらも、gotoが歌われていた時期は妹のいる千葉にも足を伸ばした。
そんなこんなで、働いていた時期にできなかったことを、今のご時世を鑑みながらこなしていくうちに、とうとう燃え尽きた。
休みに飽きてきたのだ。
その感情が芽生えると今度は、働かず家にいることが夫に申し訳なく感じてくる。
この感情は休みに飽きると比例するようにどんどん大きくなる。
元々体力がないわたし。
掃除に洗濯、お料理。家事はやることが山ほどある。
毎日の家事で手一杯。
世の主婦の方々はこらに子育てやもっと手の行き届いた掃除をしているに違いない。
そう嘆いても身体は言うことを聞かず、最低限の家事をこなすとソファーに吸い込まれるように横たわる。
お腹はすくからおやつは食べる。はまっているゲームをする。
みるみる身体は肥えるし、虚しさは膨らむ一方。
ただただ、夫の脛をかじっているようにさえ感じた。
それにこのコロナ渦、まわりの友達は最前線で防護具に身を包みながら働いている。
なにもしないで、安全な場所にいるわたし。
悶々と考えてしまう日々。
夫は優しく、「休んでていいよ」と声をかけてくれ、休日はほぼ家事をこなしてくれていた。
その優しさが、痛いほど心に染みた。
なにかに突き動かされるように、10月から求職活動を始めた。
失業手当は受けていたから、定期的にハローワークには通っていた。
それに加えて、看護師の仕事を斡旋してくれる会社にも登録した。
登録してすぐに3件の面接が決まった。
8年半ぶりの面接はひどく緊張したが、回数をこなすごとに、相手が何をわたしに確認したいのか、わかるようになってきた。
急性期から急性期への求職は、意外とすんなり行くような気がする。
相手に急性期経験とその世界が好きだと暗に伝わるからだろう。
しかし、わたしは今回急性期を避けた。
そこまで急性期に思い入れはなく、ワークライフバランスを重視したかったからだ。
そういう場合確認されることは、「急性期に戻りたいと思わないか、名残惜しくないか」だ。
上記の理由を述べたところで、相手の疑念はなかなか溶けない。
しかし、そんなやり取りを続けた結果、一件内定をもらうことができた。
これで働ける!
その安心感もあり、10月下旬、わたしは夫と「鬼滅の刃 無限列車編」をやや浮わついた気持ちで鑑賞した。
夫が買ってきてくれたケーキがとっても愛らしかった。
まだ映画の余韻が冷めやらぬ中(炎を聴くと涙が出るくらいには)、内定取り消しの連絡が来た。
凄く働きたい、と思った第一志望の高齢者施設だった。






