お盆で帰省していた、
4月から京都で暮らすことになった娘②を送りがてら、
女房殿共々京都に出かけてきた。

せっかく京都に出向いたのに、
ただ娘②の荷物を運ぶだけではなんだかなぁということで、
泊まったついでに、
長年の懸案であった京街道を歩いてきた。


12日の早朝自宅を発ち、いつも通り伊勢湾岸&新名神経由で向うも、
事故のため湾岸潮見辺りで事故のため大渋滞。

やむなく手前で下り、名古屋高速から東名阪経由で新名神へ。

この日はやることも無いので、
娘②宅でグダグダ過ごす。

翌13日、昨日ね。
6時過ぎに娘②宅を出、
電車を乗り継ぎ追分まで。


前回この場所に立ったのが4年ほど前。
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あの時はこの標柱が折られ、近くの公民館の横に転がっていましたが、
どうやら修繕されたようで何よりです。


さて、8月13日(火)7時10分。
京街道とも、東海道57次とも呼ばれる、ここから大阪高麗橋までの道のりに、
台風の影響で日差しは強いものの、やや風のある中をいざ出立です。

いやぁ~、久しぶりだなぁ、街道歩くの。
ここんところ、山にばっかり登ってたからなぁ。
最後に街道歩いたの、いつだ?

去年の夏に五千石街道を歩いて以来なので、
ほぼ1年ぶりということになりますな。


で、今回はこの山科の追分を左、伏見方面に向かいます。


緩やかな下りをのんびり、
趣のある建物がところどころに残されている街道を進んで行きます。
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ただし、この辺りの道幅は狭く、
しかも交通量が多いので気を付けて歩かなくてはなりません。


名神高速道路の高架をくぐる手前に、
大宅の一里塚跡碑が立っています。
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小野駅を越え、勧修寺を越えた先の名神高速道路沿いの道が、
嫌んなるくらい長い。
しかも日差しは強烈だし。

そのうんざりする道から、住宅街に入ったところに立っているのがこの道標。
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ここを左に上がると、仁明天皇陵があるのだという。

どうやらこのルート、今流行の、京都トレイルの一部らしい。

もちろん陵には寄らず、先を目指す。

しかし先行する女房殿、道を間違えたことに気が付かず、
しかもわたくしが大声で戻るよう呼びかけていることにも気が付かないようで、
どんどん先に進んで行ってしまう。

仕方なく携帯電話をかけ、事無きを得たが、
こういう時に携帯電話のありがたさが判りますな。


JRの藤森駅手前に見慣れぬ自販機を発見。
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なんと、新鮮野菜の自動販売機です。

う~ん、盗難対策なんだろうなぁ。


さて、そのJR藤森駅前を右折し、
京都教育大学前を通過した先にあるのが藤森神社。
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なんとこの神社、勝運・学問と、馬の神社なんだと。

勝運→馬とくればこれはもうあぁた。
競馬にしか結びつきませんがね、わたくしとしましては。

で、お参りしました。
もちろん鳥居の外からですが。


墨染駅を過ぎた辺りから、
町並みの様子が変わってきたようです。
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どうやらこの辺りからが伏見宿なのか?


ウロウロしながら進むと、
急に人でいっぱいのところに出た。
なんと、竜馬通り商店街だと。

う~ん、なんて言えばいいんでしょ。
もちろんパス。

それでも、せっかくなので寺田屋には寄ってみた。
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もちろん外からの撮影のみ。

竜馬好きな人多いんだろうなぁ。
いっぱい人がいて、建物の中に吸い込まれていきました。


こちとら、この35℃オーバーの炎天下、
何とか少しでも先に進むことを考え必死です。
前に進みましょう。


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寺田屋から少し先に進んだ辺りにあるのが長州藩の藩邸跡碑。

寺田屋を定宿としていた竜馬と長州との関係を考えると、
この距離は実に微妙ですな。


中書島駅前を右折し、道なりに進むと伏見港公園が整備されていました。
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長州藩邸跡碑辺りでも感じたことなんですが、
この辺り、伏見宿の歴史的価値を求めて訪れるのが目的ではなく、
どうやら、寺田屋もしくは竜馬通り商店街、
または黄桜酒造の、カッパカントリーを訪れるのが目的のようですな、皆さん。

歴史あるこの港公園を訪れる人は、地元の釣り人だけのような印象を受けました。


さて、ここからは全く人気のない街道歩きになりますが、
第2京阪道路の巨椋橋、国道1号線の宇治川大橋を越えて行かねばなりません。

巨椋橋はくぐることができるから良いとして、
問題は宇治川大橋だ。

どの指南書みても、横断不可のため迂回しろだとか、
命がけで国1を渡れだのとか書いてある。
もちろんわたくしの性格からは選択肢はハナっから一つしかありません。
ハイ、もちろん後者ですね。
命がけの方。

で、実際に宇治川大橋の袂まで来ると、確かに命がけだわ、こりゃ。
ビュンビュン車が通っている。
ところが、ふと土手の下を見てみると、
かすかに踏み跡が付いている。

もしやと思い下りてみると、
ありがたいことですなぁ、どなたかが道を付けてくれたらしい。
藪を刈った跡がありました。
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もちろん、多少の藪漕ぎはあるものの、
なぁ~に、これくらいの藪はしょっちゅうですので、
ぜ~んぜん問題ありません。

こうして無事国道1号線の下をくぐることが出来ました。

これから京街道を歩こうと考えている皆さ~ん。
宇治川大橋、クリアできますよ~。


土手道をしばらく進んで行くと、
目の前に、巨大な建物が姿を現してきました。
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JRA京都競馬場です。
通称、淀競馬場ですな。

思えば、給料袋の封を切らずに握りしめ、
名古屋かからここまで通った思い出があります。
若かったなぁ、あの頃。


さて、その競馬場の前には戊辰戦争にまつわる碑が立てられています。
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鳥羽・伏見の戦いに始まるいくさですな。


さて、いい加減腹が減ってきました。
が、淀駅前周辺にはこれといってめぼしい食い物屋はありません。
このくそ暑っつい中、中華料理はヤダし。

で、結局、コンビニのイートインコーナーで済ませることに。
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つくづくありがたいですなぁ、コンビニの存在。

中は涼しいわ、トイレは借りられるわ。
お金さえ出せば、なんだって食べられます。

で、十分休憩も兼ね、のんびりとしましたので、
残りの5kmの歩き出しです。
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本来、今日は追分から伏見宿~淀宿までと考えていたのですが、
地図を見るとこの先に石清水八幡宮がある。
なら、そこまで足を延ばし、
八幡市駅から京阪鉄道に乗って帰ってこようかと。


ところがコンビニで地図を見ながら食事をしていると、
女房殿が、その先の橋本まで行こうと言い出した。
八幡市駅から橋本駅までは2km程の道のりだからである。

で、淀川と木津川の御幸橋を渡り、
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石清水八幡宮近くまで来るも、
もちろん近くから写真撮っただけでパス。
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その昔、仁和寺の法師は、
石清水八幡宮を詣でるために来ながら、
極楽寺と高良神社を参っただけで帰って来てしまったという。

わたくしなんぞ、遠くから写真撮っただけでスルーするという、
なんとも罰当たりな。

イエイエ、遠くからでも手を合わせて拝みましたとも。


さて、旧道はところどころ旧家の残る佇まいを見せ始めました。
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どうやら今日の目的地、橋本駅に近づいたようです。

京阪電車に乗って帰るとしましょう。


いっやぁ~、この暑い中、よく歩いたなぁ。
およそ23km程でしたが、
2人でペットボトル、10本ぐらいは飲んだんじゃないの?