今週のお稽古花材はネリネ()と鳴子らん()



ピンクの花のネリネはよく登場するが、今日は珍しく白い花で鳴子らんの緑の葉と合わせると清々しい。

ネリネも鳴子らんも自然の曲りを生かして形に生ける。



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今日は直径8センチ程の小型の「蛇の目」に生けてみる。

蛇の目は花器ではなく、鉛でできた輪っか状のお生花を生ける道具。

▼蛇の目にこみぎをかった状態。こみぎの「V」の字の間に花を生ける。

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ネリネの茎一本で後張りをかって活け上がり。

▲お花を生けた状態を横から見ると足元はこんな風に。



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▲蛇の目に生けた状態。まだ花器に入れていないのでバランスが悪い。


普段お生花は竹の寸胴などの花器に直接こみぎをかって生けるが、蛇の目に生けると蛇の目ごとコンポートや水盤、様々な花器に入れて飾ることが出来る。




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▲蛇の目ごとコンポートに入れると、水を張ったコンポートの中はこのような状態。



花器を替えるとイメージが大分変わるので、同じ花で何倍も楽しめる。



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一粒で二度美味しいお菓子があったけれど、蛇の目に生けたお生花は「ひと花で何度も美味しい」

背景がベージュなのであまりきれいに花が写真に映らず残念。



会社の友達から「花の旅日記は出来上がりの写真だけだとつまらない」とご指摘があったので、今回はちょっと丁寧に頑張ってみた。いかがでしょう?













以前も書いたが、私は幼稚園の時、名古屋に住んでいた。

幼稚園はお寺が経営しており、園長先生はお坊さんだった。

敷地の続きには墓地もあったが怖いという感覚は全くなく、子供にとっては楽しい遊び場だった。



その小さな墓地には、影をつくる木はなく、いつも日差しの中自然の草花が元気に咲いていた。

そして、そこになぜか時々白い着物を着たお爺さんが現れるのだった。

手にはザクロを持っていて、集まってきた幼稚園児の私達にザクロの粒々の実を少しずつ分けてくれるのだった。

誰に言われたわけでもないのに、いつの間にか私はそのお爺さんが仙人で、ザクロは仙人の食べ物なんだと固く信じていた。

幼稚園卒業と共に、父が転勤になり東京に戻ってきたらザクロを目にする機会は全くなくなり、そのまま忘れてしまった。




時は流れ19才の時、私は友達のナルミちゃんを訪ねてアメリカのワシントンD.C.に行った。

ホワイトハウスがあるワシントンD.C.である。

まさしくアメリカの大都会!

「金髪セレブはこんな所でお買物をするんだわ」と思わせるような素敵なスーパーを見つけた。

どんな素敵な商品が並んでいるんだろうとナルミちゃんと入ってみた。

アメリカン・ゴージャスなスーパー、入口を入ると飾り物のように色鮮やかな果物や野菜が並んでいた。

その中にちんまり座って、私の視線を待つものがいたのだ。

13年ぶりに再会したザクロ!


「うわーっ!ザクロー!仙人がくれたザクロだーーーーーっ!!」

遠い記憶の彼方から、いきなり白い着物の仙人がウサイン・ボルトの如く走ってきた。

仙人には国境なんて関係ない。



私の夢のような仙人話を聞いて、ナルミちゃんは一言ひどく現実的なことを言った。

「ザクロって種があって、食べるの面倒なのよね」





たまにあのお爺さんは何だったんだろうと思い出す。

どうして白い着物を着ていたんだろう?

・・・・・・・。

考えても解るはずもない。

人間の理解を超えたことをするのが仙人だから。

今週のお稽古花材は棕櫚(しゅろ)。

なんとなく南国リゾートを想わせるイメージ。

先生に「棕櫚(しゅろ)は大変ですよ」と伺っていたので、「丁寧&手早く」を心がけ取り組んだ。


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棕櫚の茎は断面が三角形(かまぼこ型?)なので、中々うまくこみぎに入らないし、勝手な方向を向いてしまう。

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足元には、繊維を編んだような皮をくるくると巻く。

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皮の繊維の拡大。 自然が編んだ芸術品。

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時々住宅街の庭などに棕櫚が生えているのを見かけるが、その葉は本当に上の部分だけに生えており、下の方は葉が自らの重みで折れ、茎だけが棒のように残っており、そして下に行くほど茎も抜けてなくなり、この繊維のような皮が幹の表面を覆っている。


お生花は、その花材の出生(自然に生えている状態)の姿に似せて生ける為、棕櫚ならその皮を足元に巻くし、前回の睡蓮は水面から上に出ている部分はとても低いので、水面から出る茎の部分を短く生けている。






最近ぴぐ友さんからお子さんの話を聞いたら、ふと自分の幼稚園の頃の出来事を思い出すことが多くなった

昔を懐かしむお年頃なんだろうか・・・



幼稚園の時、夏休みの宿題に「工作ノート」があった。



画用紙のお絵かき帳のようなもので、見開き1ページずつに「○○をしましょう」というお題が付いていた。

今でもよく覚えているのが、「野菜を切ってハンコにしてみましょう」というお題と、「貝殻を貼って絵を描きましょう」というお題。

野菜の切れ端を母にもらって、断面に絵具を塗りハンコにして押した。

いつもは食べるだけの野菜が不思議な世界を教えてくれた。

特に、普段は子供があまり好んで食べない蓮根やピーマンのハンコが夢のようなきれいな形になった。

子供ながら自然の野菜が見せる不思議な造形に驚嘆し、しばらくは「あれもこれも」と母に色んな野菜の切れ端をねだってはハンコにした。



「宿題用に貝殻もなくっちゃ」ということで、家族で海水浴に行った。

楽しく遊んで、貝殻のことなどすっかり忘れて帰ってきた。

母は機転(奇転?)を効かせてシジミのお味噌汁を作り、「こんなに沢山貝殻があるわよ、全部使っていいからね」と得意満面で言った。

私は工作ノートの見開き一杯に、シジミの大きなちょうちょを羽ばたかせた。


夏休みが終わった。

ノートは貼り付けたシジミで重くなり、背中合わせになった貝殻がこすれるとガジャガジャ喋るようになった。

夏休み前にもらった時とは大分姿がかわった工作ノートを両手で大事に持ち、今度は私が得意満面で幼稚園へ向かった。



生け花の教室に通っている。


今週のお稽古は楽しみにしていた睡蓮。

巻葉と花、そして浮き葉でお生花を生けた。

水面に浮かぶ緑の葉が風に揺れて涼しそう。

外の暑さもしばし忘れ、しずかにお花を生けるひと時は贅沢。


Micberryのブログ-睡蓮1


花器を替えて写真を撮らせて頂いた。

まったく雰囲気が変わって、時間の経つのも忘れる。
Micberryのブログ-睡蓮2
Micberryのブログ-睡蓮3


睡蓮の茎の断面はこんなことになっている。

Micberryのブログ-睡蓮の断面