私達は真央ちゃんが15歳の頃からテレビで見てきた。
ジュニアの頃からトリプルアクセルを軽くクルクルッと飛び、将来オリンピックで金メダルを獲れる天才スケーターと言われていた。
真央ちゃんが最初のバンクーバー・オリンピックを目の前にした頃、大きなスランプに陥り真央ちゃんはジャンプが飛べなくなった。
そんな真央ちゃんの不調を後目に、キム・ヨナ選手は史上初の高得点を上げていき、私達は血圧が上がる程ハラハラした。
そのバンクーバーの本番で真央ちゃんはひとつのジャンプが飛びきれず、そして、もう一つのジャンプでは足がひっかかってしまった。
結果、ミスのなかったキム・ヨナ選手が金メダル、真央ちゃんは銀メダルになった。
あの瞬間、真央ちゃんは「次は絶対金メダルを獲る!」と決意したであろうし、私達もそう思ったのだ。
それから、真央ちゃんはスケートを基礎からやり直した。
中々調子が上がらす、以前では考えられなかった入賞もできない試合もあった。
どんなに辛くても、焦る気持ちがあっても、真央ちゃんには支えてくれる暖かい家庭があるから頑張れるのだなと私は思っていた。
しかし、突然お母さんの悲報を知り、真央ちゃんが口に出さないのはスケートに対する言い訳だけではないのだと知った。
私達が知らない頃からどうしようもない悲しみや、重責や、色んなものを背負いながら、一つの道を懸命に進んできたのだろう。
冴えない顔の真央ちゃん、げっそり痩せてしまった真央ちゃん、そんなテレビに映る姿を見て、真央ちゃんの母親や父親のつもりになって心配したり、手に汗握って応援した方も多かったことと思う。
真央ちゃんをテレビ越しに見守りながら、私達は金メダルに挑む真央ちゃんを応援していた。
というよりも、真央ちゃんの真摯にスケートに向き合い、逃げずに自分を信じて頑張る姿を応援していたのだろう。
努力が報われたという結果としては、「金メダル」という形が何よりも解りやすい。
しかし、それだけでは表せない大切な何かもある。
今回のソチ・オリンピック。
結果としては、予想だにしていなかった6位。
誰もが茫然としたショートプログラムの後、私は真央ちゃんがウツになってしまうのではないかと思った。
しかし、次の日真央ちゃんは復活した。
他のスケート選手からの応援もあったようだ。
あの土壇場で、普段の真央ちゃんの姿勢を見ている皆が支えてくれたのだろう。
そして何より、真央ちゃんは私達が思っていた以上に強く自分自身と闘う『アスリート』だったのだ。
真央ちゃんはあの二日の内に地獄と天国を味わったことだろう。
そして、厳しい現実だが、天国を味わっても地獄のことはなかったことにはならないのだ。
私達はソチ・オリンピックで多くのことを学んだと思う。
1 金メダルが全てではない。
2 オリンピックの金メダルを獲るには何かしら特別な運が必要らしい。
3 オリンピックの場で実力を発揮することはとても難しい
4 選手の負担にならないように応援する方法はないだろうか
きっと他にも沢山あるだろう。
今後真央ちゃんがスケートを続けるかどうか、非常に気になるところだか、人生は一度きり。
真央ちゃんの人生だから、真央ちゃんがやりたいようにやったらいいよ。
もし、真央ちゃんが今後もスケートするなら、私は応援しますっ!
どこにでもJALの『真央ちゃんジェット』に乗って応援に行きたい勢い!
もしスケートをしなくても、時々真央ちゃんの動向をチェックして陰ながら応援します。
どちらにせよ、これからの真央ちゃんの幸せを祈っています。
真央ちゃんの真っ直ぐな生き方が好きだからね。


