野良猫のTNRと地域猫活動、保護した猫達の里親探しなどなど、各地で不幸な猫を1匹でも救いたいと、みんな頑張っています。
少しずつ、野良猫が減ってきているように見えますが、相変わらず、猫は棄てられ、車に轢かれ、時には石を投げられ棒で叩かれ、ワナで捕まえられ身体の一部を失うケガを負わされる…都会では考えられない野蛮な事態が、地域によっては未だ繰り返されています。
どうしてなんだろう、と、考えます。
雨の中を彷徨っている幼い子供がいたら、助けない人はいないと思います。
仮に見て見ぬふりをすると決めた人間がいたとしても、激しい非難の対象となるでしょう。
いかなる理由があったとしても、助ける力のある大人が子供を見殺しにするなど、あり得ません。
でもそれが、猫や犬だったとしたら?
賛否両論になりますか?当然のことですか?本当に?
確かに犬猫を見殺しにしたとしても、自分が傷つけた犬猫でなければ罪に問われる事はないのかも知れません。
では、助ける助けないの境目は、法律で罰せられか罰せられないか、なのでしょうか…
動物愛護管理法の指針では、動物の愛護について、このように説明しています。
『動物の愛護の基本は、人においてその命が大切なように、動物の命についてもその尊厳を守るということにあり、動物をみだりに殺し、傷つけ又は苦しめることのないよう取り扱うことや、その生理、生態、習性等を考慮して適正に取り扱うことである。』
そして、こう続きます。
『人と動物は生命的に連続した存在であるとする考え方や生きとし生けるものを大切にする心を踏まえ、動物の命に対して感謝と畏敬の念を抱くとともに、この気持ちを命あるものである動物の取扱いに反映させることが欠かせないものである。』
また、
『人は、他の生物を利用し、その命を犠牲にして生きていかなければならない存在である。
このため動物の利用や殺処分を疎んじるのではなく、自然の摂理や社会の条理として直視し、厳粛に受け止めることが必要であり、
動物の命を軽視したり、みだりに利用したりすることは誤りである。
社会における生命尊重、友愛及び平和の情操の涵養を図るためには、命あるものである動物に対して、優しいまなざしを向ける態度が求められる。』
と、締めくくられています。
日本において多くの犬猫は伴侶動物というよりも、愛玩動物としてペットとして、同時にモノとして取り扱われています。
しかし、動物愛護管理法の指針にはきちんと、動物の命も人間と同じ命である、と明言されていました。
動物の命は、人間と地続きの命です。
道端に倒れた人間を助けるのも、倒れた猫を助けるのも当たり前のこと、そんな世界になればよいのに。
お互いの違いを尊重し助け合える、そんな世界を待ち望み、今日も猫たちのお世話に明け暮れるのでした。
なぜに君は、私の片膝にしかのらないのか?
