自由と引き換えに命を捧げる事って、昔も今もあるのでしょう。手厚い看護をされても不自由な病院で死ぬより治療を受けられなくてよいから自宅で自由に死にたい、という選択をする方もいらっしゃることと思います。

猫はどうでしょう?


以前お会いした猫好きの方に、飼っている猫の室内飼いをおすすめしたところ、断られたことがあります。例え外で事故に遭ったり病気に感染して死んだとしても、自由には替えられないから問題ない、というお考えでした。豪快で、潔い方だと思います。その方は結局、飼い猫が行方不明になっても捜してはおられなかったので、とても悲しい気持ちになったことをおぼえています。

さて、若くして多分死んでしまったであろうあの猫は、しあわせだったのでしょうか?


野良猫は、別段不幸なわけではないのかもしれません。ノミやダニシラミ、時には回虫をお腹に宿し、快適ではない寝床で寝起きし飢えに苦しんでいたとしても、自由なのですから。

また、過去に思いを馳せ未来を憂いたりすることはなく、いま、の、一瞬一瞬を強く生きようとする猫に、幸せの概念があるのかどうかもわかりません。


問題は、人間側の苦情です。

全ての人間が猫好きな訳ではありません。

時には石を投げられ、袋につめられ山や川に捨てられる…これらは明らかに虐待にあたり犯罪になりますが、猫が人間にとって都合の悪い行いをしていたのだとしたら、外の猫たちが標的になってしまうのは仕方がないかもしれません。


猫に対する苦情に留まらず、猫好きの人間側にも大きい原因があると思います。

無責任な餌やり、無責任な繁殖、都合で捨てる無責任な飼主、居なくなっても捜さない飼主、また、助けすぎて多頭飼い崩壊する飼主は一番タチが悪いかも…

猫のしあわせを考える前に、己の身の程を知らないといけないですね。時には心を鬼にして、助けを求める猫を見殺しにする覚悟も必要です。


というわけで、猫にとっても人間にとっても、最善の策は見つかっていないのが現状だと思います。そりゃ、長いこと歴史を学んで来ている今でも戦争が終わらない人間社会なのですから、道のりは長く険しいですね。



がんばってエサくれたらそれでいーにゃ(=^ェ^=)