とある パソコン便利屋のアメブロ実験室  

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果たしてアメブロは使いやすいか?実験をしています。

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「自分の『これや!』て思える仕事見つけるまで、もう他のもんかなぐり捨ててでも、探し続けなあかんねん。収入が不安定とか、恋人や親が反対するとか、そんな悠長なこと言ってる場合ちゃうで。仕事まちがえたら、それこそ一生棒に振ることになるんやで」


どうかな?やっているけど見つかったかな?でも、最後のフレーズ「仕事間違えたら一生棒に振る」というのは、本当だ。


この教え・・・10代~20代前半に気がついていればよかった(残念)安定したサラリーを辞め、家族も反対したが始めたフリーランス・・・・・。


でも、オススメはしない。


こういう書籍の言葉で発奮もするし感動もするが、鵜呑みにしてはいけない。何度も読んで自分の中で消化し、そのフレーズを著者が何を言おうかとしているかを想像して創造する。


これが大事なのではと思う今日この頃です。


「ええか、こう考えてみい。マネするんはな、お客さんを喜ばせるためなんや。人を喜ばせるという目的に照準が合(お)うてたら、人のマネすることに恥ずかしさなんか感じひんのや。いや、好き勝手パクってええってことやないで。たとえば同業者のやってることマネさせてもらうんやったら、それなりに筋通さないかんこともあるやろ。でもな。早(はよ)う成長して、早う技術覚えて、もっと多くの人をもっと喜ばせたいいう思い、それが何より大事なんや」



こういう考え方もあるのか!!と素直に思うし、耳が痛い。確かにマネするということは、技術力が上がることになる。


普段、何気ないことでも「ふとマネしている事」というものは、あるものだ。


「マネするんはな、お客さんを喜ばせるためなんや。」という教えは、そう考えればマネすることに抵抗はなくなるかも!?しれない。


まずは良いところはマネてみよう!!

「成功したいんやったら絶対誰かの助けもらわんと無理やねん。そのこと分かってたら、人のええところ見つけてホメるなんちゅうのは、もう、なんや、大事とかそういうレベル通りこして、呼吸や。呼吸レベルでやれや!二酸化炭素吐くのと同じくらいナチュラルにホメ言葉言えや!」


この教え(ホメる事)は昔からやっている、呼吸レベルで!!でも、おべっかではない。


親にでもそうだし、子供にもそう・・・ あ!できていない人がいる、それは「○○」。


それ以前の問題ではあるが・・・・。

「人間ちゅうのは不思議な生き物でな。自分にとってどうでもええ人には気い遣いよるくせに、一番お世話になった人や一番自分を好きでいてくれる人、つまり、自分にとって一番大事な人を一番ぞんざいに扱うんや。たとえば・・・・・・親や」



確かに「親」だと同感である。ほんと!どうでもいい人に気をつかうことが多かったと人生を振り返っても思い出される・・・・・。


自分が「親」になって、初めて実感するというが、正にそうであった。


「親」って、でも照れくさいものであるが、この教えも見て「ちょっとしたこと」でもいいから実践をしている今日この頃である。理屈ぬきで孫に合わせると喜んでくれるから、子供にも感謝しています。

「どんな小さいことでも、安いもんでも、とりあえず何でもええからただでもらったりしてみい。


それ意識してたら自分のコミュニケーション変わってくるで。言い方とか仕草一つとっても気い遣うようになるで」


これは、イマイチ今は、わからない。


処分に困ったPCを無料で引き取らせていただいたことはある。



そのとき「自分のコミュニケーション」が変わったかと言うと・・・どうだろう変わっていない気がする。



この教えは、まだ表面的なことでしか理解できていない。



修行・・・修行である。


「自分にとってうれしゅうないことが起きても、まず嘘でもええから『運が良い』て思うんや。口に出して言うくらいの勢いがあってもええで。そしたら脳みそが勝手に運がええこと探し始める。自分に起きた出来事から何かを学ぼうと考え出すんや。そうやって自然の法則を学んでいくんや」




この教えは、結構大切かもしれないと思い「嘘でもいいから思うようになった」・・・している。


最近、脳科学に興味があって数冊であるが脳外科の先生が書いた本を読んだりした。



脳が「運が悪い」と判断したら確かに、気持ちも滅入るしやる気も湧かない。




これはしょうがないことである。




でも、自分に嘘をついてでも「運がいい」と思うことによって道は開かれるような気がする。



もちろん、身内に悲しい出来事とかあった場合は、そんなこと考えられないけれども「今日は仕事が上手くいかなかった」とかは「自分は試されているんだ・・・運がいい」などと無理矢理でも考えてみようと思う。

6月7日にUPしたガネーシャの教えで「一日何かをやめてみる」というのがあった。


「(時間が)ぱんぱんに入った器から何かを外に出すんや。そしたら空いた場所に新しい何かが入ってくる。(以下省略)・・・」



これを勝手に違う解釈をして、時間をモノに置き換えた。最近「捨てること」をしていないために不要なモノが増えていたので、なんだかプチストレスが溜まっていたので、不要なものを捨てることをやっている。




空いたスペースに何が入ってくるかは後のお楽しみにして、まずは過去にプリントした資料からはじめて、代替機として残しておいたプリンター(これをすごく捨てるか迷っていた)と本棚、そして洋服や小物など・・・・・。



いつか使うかも?って残しておくものって、そのいつかは来ないことが多い。



今回のきっかけは、ガネーシャの教えもあったが、別の書籍の力の借りている。まだ、読書中なのであるが『「捨てる!技術」だけでは捨てられない「捨てる!」決心』板垣康子(著)を読んで捨てる踏ん切りをつけられないものに踏ん切りをつけて、おもいきって捨てるを実行している。




「捨てる」ということは、過去ににも数冊おなじ類の書籍を読み。そのたびに実行してはいるものの、継続的なイベントにはなっていないので、また今回その波が来ているのに過ぎないのではあるが、今回目標ができた!


その目標とは、最低限なモノしかない空間をつくること。



これ!現在の住環境では夢に近いことであるが、目指すことにした。



いつか使うだろう・・・とりあえず取っておこう・・・この感情はこれからもやると思うが今回、消費期限を決めることにした。




取っておく期限をきめて(おおざっぱでいいと思うが)その期限がきたら迷わず捨てることにする。



リサイクルショップやヤフオクという手法もあるが、利用したことはない。捨てることの障害になる気がするからである。



整理をしていると「昔はこんなものも躊躇なく買っていたんだ~」と少し切なくなるが、もう過去の遺物として処分する。




どんどん捨てる。




「よーし、いっぱい捨てて身軽にするぞぉ~。」と奮起した今日この頃です。



「誰に言われるでもなく、勝手に想像してワクワクしてまうようなんが夢やねん。考えはじめたら楽しゅうて止まらんようになるんが夢やねん」



うーん。確かにそうかもしれないなぁ~と思うばかりである。


ワクワクして夜、興奮して眠れなくなることって誰でもあると思う。



そして、数日過ぎると現実は、そんなに上手くいかないことに愕然とする・・・・・。



その繰り返しなんだと・・・



でも「夢」って大切だよな・・・


「この世界に闇がなければ光も存在せんように、短所と長所も自分の持ってる同じ性質の裏と表になっとるもんやで。たとえば、一人の作業が好きなやつは、人と会うと疲れやすかったり、逆に人と会うのが好きなやつは、一人の作業に深く集中することがでけへんかったりするもんや」




これもそうだよなぁ~っていうカテゴリーに入る。



「自分が一番得意なことを人に聞く」同様、課題の一つである。

「自分の仕事が価値を生んでるかを決めるのはお客さん、つまり自分以外の誰かなんやで」




そうだよな~。



「アンケートを取る」って客観的にみることができる、とてもありがたいこと。



しかーし、できていない。



とても勇気がいることなので・・・



課題の一つである。