大学受験した頃と時代は変わり、ネットで英語記事は読み放題、スマホを触れば山ほど楽しそうなアプリが出てくる。

音声データも豊富。これを生かさない手はない。

 

最初は、大学受験時のレベルの参考書を手にしたが、さっぱりわからない。

どんどんレベルを落とし、基礎の基礎からやり直した。

 

いろんな人が勉強法をネットで公開しているのも、ありがたかった。

 

15年以上ぶりにTOEICを申し込んだときは、レベルうんぬんではなく、

会場まで一人でたどり着けるのか、多くの人がいる会場でパニックにならないか、数時間座っていられるのか、

試験後の精神状況はどうなるか、と心身面での不安が大きかったが、幸いどれも大丈夫だった。

 

試験を受けられるレベルの「普通の心身状態」の自信を得たのは嬉しかったが、

英語学習の副産物はそれだけではなかった。

 

勉強のため、アプリを始めとしてITに触れた。8年間、ほとんど何も新しいことを得なかった自分には革新の連続だった。

英語学習自体が趣味となって、それを取っ掛かりとした情報収集が自然とできるようになり、情報耐性が高まった。

 

日常生活リハビリと英語学習中心の生活を続けて1年が経った頃、TOEICの点数は800点を超えた。

これは履歴書に書けば立派に「特技」となるレベルだ。

 

独学だったので、話す方は全くだったが、、、

目指すは「普通の人+何か一つの特技」。

 

自己紹介ができて、

優しい人との雑談のネタを提供できて、

当たり障りない会話が続けられる「普通の人」。

 

できれば、何か一つの特技があれば、少し尊重される。

絹ごし豆腐メンタルの自分は、邪険にされれば、寝込むレベルで傷ついてしまうだろう。

他人から尊重されるような人間的な魅力にも、まったく自信がない。

他人より秀でた何かがあれば、それを拠り所にできるはずだ。

 

私は、英語を再勉強することにした。

 

大昔の大学受験のとき、英語は得意科目だったが、大学入学後に努力しなかったため、台無しにしてしまったのが心残りとなっていた。

自信を取り戻すためには、最適なものに思えた。

 

 

A先生の言うことを信じることにし、「いつかまた働く」ことを目標に掲げた。

 

それまで「躁になってはいけないから」とあらゆる行動を我慢してきたが、体力づくりもかねて、思い切って出かけることにした。

中年とはいえ、30代は若い。

恐る恐る、少しずつ歩く距離を長めにしているうちに、脚力はかなり回復した。

駅の階段をとんとん登れるようになったときには、感動した。

 

家事、特に料理はハードルが高いので、決して無理はしないことにした。

予算、食材の使いまわし、栄養と味のバランスの取れた献立、おいしく食べられるタイミングなど、

料理ほど頭を使う家事はない。

約5年ぶりに包丁を手にし、味噌汁を作ったとき、意外に忘れていなくて安堵し泣きそうになった。

 

 

脚力、作業力のトレーニングとともに開始したのは、英語の勉強だった。

評価できる職歴はゼロに等しい。

そして他人と話をし、説明を理解し、自分の仕事に落とし込んで実行する、という基本的な流れに一切自信がなかった。

 

さらに、長年あまりにも何もできなかったので、新しく知り合った人と雑談できるネタが一つもない。

こんな状態で社会に飛び込むのはあまりにリスキーだ。すぐにボロボロになって悪化してしまうだろう。

 

メンタルを守る鎧として、

何らかの取柄と、「普通の人」っぽく話ができるネタを手に入れようと思った。

気持ちの整理用に、ずいぶん久しぶりにブログを始めたものの、自分の文章のひどさに驚いている。

回復し、普通な顔をして社会に戻ったけれど、長い闘病生活で失ったもののほとんどはまだ取り戻せていない。

アウトプット力というのも、その一つだ。

 

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Aクリニックで言われたことは、それまで信じていたことがひっくり返るような衝撃だった。

今までずっと我慢してきたことは何だったんだ。

でも、もしもA先生を信じられるなら、行動していいのか。

 

恐くて仕方なかった。しかし、薬は飲み続けるし、通院も続ける。

私が自分で気付かぬまま、まずい状態になれば、夫もA先生も止めてくれるはずだ。

 

やってみよう。でも何から?

 

この時点で、私の日常生活はひどい状態だった。

主婦なのに、料理できない。スーパーも行けない(かつて、料理を完璧にしなければと思い詰めた反動で、怖くて手が出せなくなっていた)

体力がなさすぎて、外出するときは綿密な計画のもと、休憩を挟みながら最短で帰る。

年に数回友人とお茶はできるが、楽しめる精神状態とは程遠く、心身のダメージで1週間は寝込む。

映画やテレビもあまり見られない。本もほとんど読めない。

 

ここから、何をするか。

 

私は、どうしても働きたかった。

働くことは好きで、好きなことを仕事にしたのに、数年で病気になってしまったことが悔しくて悲しくてやりきれなかった。

 

いずれ働く。これを目標にすることにした。

長らくお世話になった心療内科で説明用の診断書を書いてもらい、転院先のリサーチを始めた。

が、ネットで見てもどこがいいかなんてわからない。

 

だめだったら他をあたる覚悟で、自宅から30分ほどの場所にある心療内科Aクリニックを予約した。

 

診断書だけで正確に伝わるか不安で「〇年前、会社でこういうことがあり~」から始まる、長い長い説明も自作した。

「全部を正確に理解してもらわなければ」という切迫感は、精神疾患あるあるかも。

人と接することは自分のメンタルを危険にさらすことになるので、完全かつ効率的な形で伝えなければと必死だった。

 

さて、警戒心MAXで夫ともともにAクリニックを訪ねた。

診断書と、自作の説明を見せる。ドキドキ。

 

診察室はずいぶん散らかっていたが、A先生は優しそう。

が、思ってもみない言葉が耳に入った。

 

「ここでは、行動の制限などはあまりしません。やりたければやってみましょう、というスタンスです」

「原因などは、本当はあまり関係ないんです」

 

それまで約8年通っていた心療内科では、躁を避けるため、行動はとにかく抑えるように指導されていた。

本当に苦しくつらかったけれど、私は無理すればすぐに躁になってしまうのだ、そうすれば大変なことになる、と思うと我慢せざるとえなかった。

 

医師を信じ、あらゆる希望と意欲と行動を押さえ続けてきた。

 

それなのに、目の前にいる初対面のA先生は「行動してよい」と言う。

プールに突然突き飛ばされたような気分だった。

 

呆然としながら、診察室を出て帰った。