なんとまぁ、身につまされる題名でしょう!
思わず借りてきてしまいました
予想通り、共通点がいっぱい、
久しぶりにピアノを弾くことで起こる出来事が、本の2/3くらい書かれていましたね。
心と体に起きること。
もう若くないんだよっ
そんなこと、突きつけられたくないんですけどね。
まぁこれが現実です。
青字は引用です。
私はもう若くない。残された時間は限られている。そして我が肉体も脳も、これからはもっと動かなくなるに違いないのだ。
つまりはいくら懸命に努力したところで、私の演奏のピークは低いところで早々に頭打ちとなり、あとはどんどん下がっていくだけと考えざるをえないのである。
ならば、なぜ私は弾くのだろう。
それじゃ、絶望しかないやおまへんか〜!
そして、最後の1/3で老齢の域に達したピアニストの演奏のことなどが書いてあり、こう結んでいる。
若者は目標を高く持ち、そこに向かって進んでいけばよし。でも、老人は違う。遠くに目標を持たず、今を楽しむ。自分を信じて、人を信じて、世界を信じて、今を遊ぶ。
そこに思いもよらない美しいものが現れるのである。それをただただ楽しめば良いのではなかろうか。
老人は今に全てをかけるのだ。
私はちょっと違う考え方をしています。
著者の稲垣えみ子さんって、
朝日新聞大阪本社デスク、朝日新聞論説委員、編集委員を歴任後、2016年に50歳で依願退職。フリージャーナリストに。
死に向かい「手放すことを身に着けねば」と思い退社。
私からしたら、すごい経歴の持ち主。
私には想像できない世界。
もともとしっかり考えて、行動したなら何かを掴む人(掴むまではやめない人)だと思います。
とても個性的て面白いひとではあります。
きっと成功体験がいっぱいあるんてしょう。
諦めることばっかりだった私とは大違い。
再三本文にでてきた言葉が、
今さらプロのピアニストになるわけじゃなし
何者かに(無理して)なろうとしなくていいのが、老人なんだと思います。
もちろん、なりたいと思う人はなろうとしてください。自由意志です。
それに若者は目標を遠くに持ってすすまにゃならんって、誰が決めたん?
本人に任せよし。
老人が若者に誇れるものだって、あるでしょ。
自分ならではの、味!人生経験ってやつ。
色気と言い換えても、いいわよ〜ん
それに楽しむだけでいいなんて、随分と欲のないことを仰る。
この本を真に受けてしまうと、ピアノ沼にハマり損ねますぞ〜
そりゃもったいない!
そもそもこの本の上梓は2022年、著者56歳です。
まだ老後じゃない。退社しただけ。
当然老人でもない。
そんなに早く結論出さなくてもいいのに。
腹立ったのは
思いもよらない美しいものが現れるのである
と決めつける。
美しいものがでてくるとは、限らないんですよ。
世間一般には美しい曲で通っているものが、譜面を読んだら全然違うってこと、あります。
聴いたのと、自分が弾くのとは解釈が違うこともよくあることだと思いますよ。
私は音大出てるわけでもないし(もちろん入ってもいない)、音楽の勉強をした訳でもない。そんな人が言うことは信じられないかもしれない。
でも、ピアノ沼は表面だけじゃわからない。
ズブズブと踏み込んで沈んで…
やばいっ!
思いの外、深いじゃないかっ!
若かろうが、年老いていようが、
譜面の中にえぇ〜?って驚いたり、
ここに救いがあるね〜とほっとしたり、
なんじゃこの可愛さは〜とニヤリとしたり、
これからど〜なる〜と好奇心むんむんにする。
いかに自分の心を動かすか
ではないかな。
私はそんなことを楽しいと思ってやっています。
もちろん音楽を奏でる、できればこういうふうに弾きたいというのがあるから、そのためのちっちゃな努力はしています。
でもそれか実を結ぶかどうかは神のみぞ知る。
手放しています。ただ、確認するだけです。
自分をジャッジしないようにしています。
無い無い尽くしだからこそ、今日したことが次に繋がりますようにという思いは残しておきたい。
執着はしないで。
ご自分でも退社の時、仰ってるのにね。
手放すことを、なんちゃらって。
意地悪言っちゃった
結構揚げ足取りなことばかり書いちゃいましたね。
本当に老いたな、さてこれからどーしたもんか?
と思ったとき、続編を書いてください。
さて、
今日も自分がどう解釈するかを探しに弾く。
それが作曲家の思いとは離れすぎてたり、
あまりに下手すぎて怒られちゃったら、
死んだときにお詫びしようと思いま〜す。