あけましておめでとうございます。

おめでとうなのかわからない年明けになりましたが、自分たちは足元をしっかり、やることをやるだけですね。
頑張りましょう。

ウイズギボ の生活が始まって2年4ヶ月になりました。
これまでの時間を、どのように、怒りと困惑と諦めと忍耐と過ごしてきたか、
自分自身の中では残っているものの、残していくべきなのか悩んでいました。
今、本当に今わたしが書き残すべきは、ギボとの生活なのではないか、と思います。

介護にまつわるブログやネットでの記事は数多くあります。
ですが、こんな細かいこと、と思われるかもしれないようなことでも、毎日お世話している人は、こんな風に感じるのか、2年ほどの間の経験を思い出しながら、そして、これからの毎日のことも、少しずつ書き留めていこうかな、と思います。
自分の心の安定も含めて。
そして、時系列に並べた時に、あぁ、彼女はこういう風に認知が進化(退化)していったんだ、と、改めて理解できるかもしれません。

私は、自分で言うのもなんですが、ごくごく普通の人です。正直、人のためになることをするのは大好きで、どちらかと言うとボランティアな事も大好きです。ギボのお世話も問題ないと思ってました。ですが、思うことはあります。
聖人君子ではないです。
行き過ぎた言動で、不快に思われる方がいらしたら、ごめんなさい。
でも、自分の思ったことを書いていきたい。
よろしくお願いします。

ご無沙汰です。
コロナの春から始まり、夏秋冬、
ついに1年になってしまいます。
今年も駆け抜けてきてしまいました。
コロナコロナとはいわれながらも、足元の自分の生活は、あまり変わらず。
毎日同じような日常です。
義母のことが生活の中心になるようなこんな生活になって、自分を大事にってなかなかむずかしい。そのうち歳をとってしまうなー。

『with義母』(ウイズギボ)をうまくやっていけるように、そして、グチを言わなくて済むように、賢く前に進もう。
グチを言う自分、きらいです。

来年も、よろしくお願いします。

今年は、多肉道は、ほとんどお休みでした。
ですが、細々続いてはおります。
ルビーネックレスのお花が楚々と咲きました。



わかってますか?
義母さん。
もう2年が経ちました。

忘れないように書いておきます。

あなたが強制的に連れてこられたのは、9月半ば。
オレオレ詐欺の電話がかかってきて、
こちらに確認してくれたところまではいいのだけど、
何度も何度も同じ問い合わせ。
だいぶ前から、『夜になるとこわい』と、夜中に1時間くらいのループ長電話。
これはおかしいと、様子を見に行ったまま、、このまま一人残しておけないととりあえずの旅行気分?で、連れてこられました。

それから、いわゆる物忘れ外来受診。
いろんな検査を受けて、認知症の診断下り。
いよいよ、いきなりではあるが、
認知症初期のおばあさんとの同居生活が始まったのでした。

生活習慣の違いand認知症
義母と嫁、お互いにいろいろ気を使いながら模索しながら過ぎていきましたね。

住民票の異動
介護保険申請の手続き
などいろいろ、私が全部やってきました。

家にいる間は、毎日、今日は、義母と何をしようかどこに連れて行ってあげようか、と、いろいろ考えたりしたのですが、記憶がないことに悲しくなり、介護施設にお世話になることにしました。

デイサービスも最初週2日から始めたのですが、家にいても何もすることがない義母は寝てばかりです。
段階的に回数を増やしていき、今や、週5回。
本人はそれが仕事のようで、うちにいるより断然楽しそうです。
そして、今は、月に2回ほどショートステイも利用しています。

正直、記憶が飛び、前の記憶で話をするので、会話がうまく続きません。
本人はその気は毛頭ないのですが、嘘を言っているようにさえ思えることがあります。
2年経ち、、あなたのくせや、習慣、だいぶ把握しました。
どんとこい、とまではいかないですが、
いろんなイライラを流して、私が壊れないようにする術も、身についてきたかな。

こんなこと言ったら、
もっとまじめにやれ!と、言う方もいるかもです。
ほどほどに、対応するように。
心穏やかに。
これがいちばんの今の課題です。

記憶が入らない、判断力が落ちる、
でも、体は元気。彼女は当分長生き。
こちらが、あの人の面倒をみきれるか本当に心配。
95歳のおばあさんを70歳くらいの人が見る。現実になったらどうしよう。
これからまだあと10年この状態だとしたら。

考えるとちょっと暗くなっちゃうー。