✨いつも拙いギボ日記お読みいただきありがとうございます✨

ギボの記録とともに、自分の気持ちの整理のために書いている部分もあり、お目苦しいところもあります。お付き合いいただきありがとうございます。m(__)m



あれから10年。

時の流れは早いものです。

本当に信じられない恐ろしいことが起こった日でした。

義父が亡くなったばかりの4ヶ月後の出来事でした。


一人暮らしでしたが、近所の人と近くの病院に、駆け込んで一夜を過ごしたと。


電気もガスも止まりました。


当時は、もちろん、関東圏も大変なことになっていて。

3月23日、なんとかチケットがとれた新宿までのバスに乗ってギボに脱出してもらいました。

緊急対応車両しか、高速道路が使えないため、

一般車で迎えに行くこともできず、もちろん新幹線も動いていなかったからです。

一人で.バスに何時間も乗って、新宿バスタまでやってきたギボ、まだまだ元気だったし頭も明晰でした。あれから10年。



震災10年だよ、と話しても、どうも話が噛み合いません。

覚えていないし、感じる力が減ってきている気がします。

あんなたいへんなことだったのに、

震災時に、義父がいたのかすでにいなかったのかさえ、もうわからないんです。


大変な日時を過ごしてきたギボ、もしかしてつらいことを忘れたくて認知になったのかも、とちょっと思ってしまいました。

長年寄り添った連合いが亡くなって、まだ気持ちも癒えないままの被災。


今、震災関連の番組を見ていますが、

ギボがどれくらい理解しているのかなーと思います。

一瞬わかったとしても、揮発するその場の出来事です。



さみしいよ。

おかあさん。


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デイもなければ、起きるのは11時。


居間に用意された朝ごはんを、こそこそ食べて、

また上がる。


そして、寝る。


時間を見計らって、

降りてくる。


『おひるださねー』(おひるだね)


おなかもすいたら降りてくる。



そして、昨日は。

ギボが降りてきた午後2時ごろ。タイミング悪っ!

これからお客さん来るので、と言って

昼ごはんを、お部屋まで運び、お部屋で食べてもらった。


そのあと、食べた後のトレイを下げに行って以来、ギボに会いませんでした。


午後8時半になっても降りてこなかったので、

今度は、リビングに置いて。

わたしは調子が悪かったので、早寝。

さてさて、それ以降に降りてきたのか、

結局、夕飯とばしなのか。


追記: 


翌朝起きたら、夕飯に置いてあったものは、そのままトレイに残っていました。

寮のまかないのお母さんの気持ちになる。

あー、昨日は食べなかったんだなー。



春だし。不織布で新色がいっぱい。

マスクするなら、せめて楽しい気分になりたいです。






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うちには水槽があります。


眺めるのは、ギボにとって、癒しのようです。


見ては、1.2.3.4.5.6.….いっぱいいることー。

お魚の数をかぞえています。



そして、しばらくして、また、一生懸命、目を見開いて、

1.2.3.4.5.6.、、、



まともに思える時もあるだけに、


このモードに入ると、狂気しか感じません。


ショボーンびっくりガーンショボーンショボーンショボーン



『知ってるワイフ』で、片平なぎささんが、

認知の母(結構若い母だが)を演じていらっしゃいます。

まとものようでまともでない、でも明るい。

好演です。


うちのギボの振る舞いを見ていると、あの認知母と通じるものがある。


病気なんだ。


ふっと思い直す朝でした。