今日は寒いな‥‥ん?
何飛んでるんだろう僕‥
凄い速さで飛んでいる‥
でも、目を開けていられるのが不思議だ。

下を見ると三河湾が見える。
それでも、まだスピードを増して飛んで行く!

しばらくすると、富士山が見えて来た。
近付いて行くと、
そこの大地に、パックリ空いた穴が見える。
何だ?あの洞穴は?
何故か、吸い寄せられる様に入って行く。

入ってみると別世界、広くて端も見えず、天井さえ見えない。

辺りを見回すと、誰の存在も確認出来ない。

仕方なく、ただただ広い空間に佇んでいると、

何処からともなく声が聞こえてくる。

そちら二人に、これを授けよう‥
 
えっと、周りを見渡すと、いつの間にか自分と同じ姿の者がいる。

そう‥自分と全く同じ姿をした白龍。

目が合って判った、ただ一つの違いは、女だってこと。


これと言って差し出されたものはグリーンカードだった。

声の主が続けて言った。

この国は、もうだめかもしれない。この国を離れるがよい。

もう一人の女は、即座に了解したらしく、すでに飛び立とうとしていた。

僕も、それに続いて体に力を入れようと気持ちを込めた時、

ふと、気付いた。

そして、気付いた疑問を、声の主に問うてみた。

だめかもしれないという事は、助かる見込みも少しはあるという事でしょうか?

声の主は、答えなかった。

だが、思った事を、そのまま続けた。

私は、大和の民と一緒でいたいです。また、瑞穂の国を見てみたい。(何、言ってるの俺?)

傍で聞いていた女は、一瞬、呆れ顔を通り越して、鳩が豆鉄砲食らった様な表情に見えた。

その後、あなたは正気なの、あの国に行けるのよと、今にも口の端を突いて出て来そうだった。

そこまで言うと、暫く答えずにいた声の主は、

そうか、判った。そちの好きにするが良かろう‥‥‥‥‥



コト‥‥コト‥コト‥何だ?‥ン?この甘い煮物の香りは?

「あれ?起こしちゃった。ゴメン、でも丁度良かったわ、ご飯が出来そうだから、顔洗ってらっしゃいよ」

薄ぼんやりとした視界の中に、同居人の姿が映った。

「えっ、もう朝なの?」深い眠りが途切れて、まだはっきりしない現実の世界に戻った自分を、いつものキッチンから、覗き込んで来る同居人。

「何だ、面白くなりそうだったのに」と不貞腐れながらも、言う通りに洗面所に行こうとベットから、半起きになった時、

さっきのハッキリとした夢の事を考え始めた僕。

ちょっと、試してみるか!心に横切る悪戯な気持ち。

「あのさ、昨日、お前の持ってきた段ボールの横に、男の写真が落ちてたぞ」

ピタっと料理の手が止まって、こちらを見る同居人。

その様子を見て僕は、「なっ訳ねえだろう、何だ男と切れてなかったのか?」

その後、自分を取り戻した同居人「つまんない事、言うっ‥てないで、歯を磨いて来なさいよ!!」

「あいよ~!」


トイレの小窓から外を見ながら「何だ、鳩豆、間違ってねえじゃん」

軽くガッツポーズを取ろうとして、危うく外しそうになる恥ずかしい同居人B。

ちょっとだけ、未来予想図w




最近、日増しに寒さが実感出来る季節になって来た。


その日も、今の時期の様に、ほんのり暖かい秋の日だった。

だが、さすがに、朝晩は涼しくなってくるのが、肌からも伝わってきた。

僕はその時、高校生活の終わりを迎える時期に差し掛かっていた。

田舎の電車(正確にはディーゼル機関車)は、客車が二人掛けの椅子になっている。

来年始めの試験に向けて、受験勉強をしていないといけない僕だったが、

いつもの様に一番入口の席に座って、漫画の単行本を開きながら、へらへらしていた。

「勉強しなくていいの?」聞き覚えのある声がする。
 
ふっと顔を上げるとセーラー服姿の女子高生が立っていた。

「煩せえな、別にいいんだよ、図書館でやって来たんだから」

先程まで、ただ、自分の学校や丘の上の学校とかの知り合いと、

他の閲覧者に迷惑がられながら、意味のない会話をして、

勉強らしい事は、ほとんどしていない僕は、その子を前に強がって見せた。

「なんだよ狭めーだろ」彼女は何も言わずに隣に座って来た。

「ハンバーガー食べる、いつものなんだけど」

黄色いMの字の袋から、ハンバーガーとシェークを出して、僕の顔を見る。

「ありがとう、悪りーな、いつも」

それが、さも当たり前の様に、僕は出された物を頬張り、飲みこんだ。

彼女と僕は、学校が違う。その子の高校はバイトも許されていて、

図書館帰りの僕と帰りが一緒になる事が多かった。

その子は、幼稚園からの幼馴染で、Mちゃん。

いつも、なんだか側にいて、お姉ちゃん面をしてくる。

「はなが出てるじゃない、ちゃんとチンしなさい」とか言ってお節介に鼻をかんでくれたりする昔から。

中学の時、疲れ切った部活の終わった後、水道の水を被って、初めてタオルのない事に気付く。

僕は、迷わずユニフォームで拭くいつも。

そんな時、たまに、濡れた手を振るって、さあ服で拭こうとした時、

肩に、ポンと乗せられたタオル、「おっ!サンキュー」って拭いた瞬間、匂いに覚えのある柔軟剤の香りに顔が曇る。

後輩に見られていたら、間違いなく鼻をかむポーズはするであろう瞬間も、幸いな事にその時は、二人でホッとする。

「何してんだよ、かっこ悪りいじゃん!」怒ってみても、笑ってる女。

知らない内に側にいて、空気みたいなやつ。

高校生になって、私服で買い物に付き合った時に、デパートの女性店員に「いいわね、お姉さんとお買い物?」

同じ年なのに(誕生日は僕の方が遅いんだけどw)毎度、その度に、同じセリフで対応されて来た僕達。

いつも大人びているが故に、OLによく間違えられることも多かった。

普通にしゃべって、伝わらずに、理解するのに時間が掛かって、言葉尽くして話しても、いくら噛み砕いても、

判ったかが判らない。そんな当り前のルーティーンに慣れちゃって、快感にすらなってる自分といて面白がる人。

体育祭、クラスマッチ、バレーの大会、水泳大会、いろいろなスポーツの場面で一番輝いてるスポーツ万能の娘。

そんなMちゃん…不思議な人。


そうこうしている内に、年が明けて、1月の試験も終わり(結果はどうであれ、終わりは終わりw)、

二次試験に向け、私大に向け、切り替えた帰りの電車の中、さすがにこの時期は参考書開いてる自分

「感心じゃない、勉強してるのね、今日は。 ご褒美に、食べ掛けで悪いけど食べて」

隣に座りながらポテトを差し出す。「いつも悪りいね、Mは優しいねぇ、いつも」お腹減り過ぎで、たまらず手を出し、

「今日は、大して荷物ないじゃん!どうした?」と聞いてみる。

「卒業前だから、荷物は少なくていいのよ…」

「へーそっか」

すると突然「この間、お母さんのパート先の着物屋さんで、晴れ着のモデルやったの…写真見せて上げようか!」

「いいよ別に、いつものお前だろう」無頓着に返す僕。

「見たいでしょ、見せて上げるわよ」

強引ね~って笑いながら手渡された写真を見る僕。

「えっ!お前って美人だったのか?(二度見!)」(「これがお前なのか?」と言うつもりで、変な日本語w)

「へっへぇ~!」自慢げに、こっちを見ている。

「化粧したお前初めて見たけど…」言葉にならない。でも、ここで心のスイッチが切り替わっちゃった。

側に座って来た、肩越しから見える大きな胸の膨らみを見て、首を振る度に僕の体に触れる長い髪を感じて、

胸が高鳴った。

その後の会話は、ほとんど覚えていない。ボォーとして電車乗って、ポワぁ~となって別れた。

あいつも地元で就職したみたいだし、夏休み辺りに、免許取って、ドライブで海に行って、それから…フムフム。

そこから、慌ただしく日が過ぎて行く。何度か電車で女になっちゃった(僕の中で)Mちゃんと会った。

だが、一緒にいる胸の高鳴りは、どんどん増すばかりで、一向に収まる気配はなかった。

そういう状況の中だったが、僕は都内の大学に進学することになり、田舎をたった

……夏には会えるんだしね!そう自分に言い聞かせて。


想像以上に都会の新生活は、田舎者の僕にとって、刺激的で面白くて、毎日が瞬く間に過ぎた。

親から「免許は近くの教習所に申し込んどいたから」って連絡が入るまで、夏休みを意識せずに来た毎日だった。

飛行機で帰って来て、ホーバー乗って、在来線のJRに乗り換えて帰る道すがら、女友達に会った。

話の拍子にMの事を聞いてみた(頭膨らんで、強引にそっちに持って行ったw)

「Mどうしてる?」何気を装い聞いてみる。

「あっ、そっか知らなかったんだ。あの子、仕事に馴染めずに、広島の親戚頼って、向こうで新しく就職したみたいよ」

「嘘でしょ?」膨らんだ妄想が一挙に弾け飛んでしまった。免許取って、車でドライブ、サクランボ卒業…。


ひと夏の思い出、ゲットならず…少年の想像した世界は、無残に消し飛んだ。


それから少しずつ、女の人と付き合える様になったのだけど、あれ以来、存在感のあるバストの持ち主には会っていない。

飲み会で、それらしい女の人に出会って付き合って貰っても、「あれ!どこいっちゃったんだろう?」ってのが有ったり、

最初からスレンダーだったりで、大きな胸の膨らんだ人とは出会っていない。


これを僕は、自然の流れと受け止めて来たのだけれども、最近、どこか懐かしい感じのすっぴん写真を見てしまった。

それは全く違うのに、着物姿を自慢げに見せてくれたMの素の姿に似た感じを、もう一度、僕に呼び起こさせた。


そして、人生残こりの時間は、

どこか懐かしく感じさせる、価値観の近いものと共に、過ごせたらって真面目に思わせてくれる様になった。


電車の中で写真を見て、切り替えたはずのスイッチが、一旦は切れちゃったけど、いろいろあっ

た去年の暮ぐらいからまた入って、元に戻れるんじゃないかと最近ずっと感じている。


やっと呪いが解けたんだw


※ちなみにMは、同級会で連絡取った時、息子のお受験で忙しいと言っていた。

同級会開催で、他の人との繋ぎを付けてくれたり必要以上に協力してくれたのだけど、

僕が結婚するまでは会わないでおくらしい。

心配掛けちゃうね~みんなに。
いつも、この時期が来ると暑さと同時に思い出す事がある。

今年の夏に似ているが、むんむんする湿気の中で、息をするにも、むせ返る梅雨の晴れ間の暑い日だった。
当時、学生だった僕は、渋谷で待ち合わせをしていた。
サークルが長引いて、40分くらい遅れてしまった僕は、謝りながら近づいて行く。

「悪いね、遅れちゃったね」
「いろいろブラブラ見て回ってたから大丈夫よ、行こう」
その日は、いつものお決まりのデートだった。そしていつもの週末。

僕らは長い休み以外は、大抵、週末に会っている事が多く、また次の週がやって来た。
いつもの街歩きが終わった後、彼女が家に泊まりに来て、夜寝ていると
「私、この間、あなたが遅れてきた時、モデルにスカウトされたの。そのフリーのカメラマン怪しそうだったけど、その人の載せてる写真誌とかを見せてもらった……それで雑誌に写真載せて貰おうと思って、良いかな?」突然、寝付き際に喋ってくる。
「えっ?えーっ!止めとけよ。そんなドコの会社とも判らない男、信用できる訳ないだろ」目が覚めた。
(長い間、言い合って)
最後に   「でも、決めちゃったから、私

元々、ミスコンとかで準ミスになった時の写真見せて貰ったりしていたので、そういうものに興味があるのは知っていた。
「でも、これだけは言っておく、俺は反対だからな。絶対!」(いつも、こんな私を止めてって言ってたから強めに、そして無理やり納得させた)

二、三日して次の週の予定で電話すると、「今週は、世田谷の叔母さんに泊まりに行くって約束しちゃった。叔母さんには、いつもアリバイ工作の協力してもらってるし、我慢して。」(彼女は一人暮らし、両親公務員、両親とも無頓着。きっと僕のが箱入りw)
えーって言いながら渋々(かなりの渋さw)了承した。

週末の土曜が来た。でも叔母さんちなら、今日は電話もメールも遠慮しとこ。

すると日曜の朝早く、突然、電話が掛かってくる。「叔母さん家族、急に大切な用事が出来ちゃったみたい、今から行っていい?」
「おっ、マジ!いいよ勿論」

暫くするとやって来た。
「ワイン買って来たよ、一緒に飲も」
「おめぇ、まだ朝だぞ、何考えてんだ」
でも、飲んじゃった……    ……    いい雰囲気love
   ♡    ♡    ♡    ♡    !!
何か変?いつものじゃない…何でだろう…タバコ苦い?
…それも、あり得ない所が。
勢いだけの自分でも判る違和感。でも、当時は、ただただ本能で生きている、敢て名付けると感触派だった自分には、その瞬間どうでも良かったし、気にする余裕もなかった。

彼女が帰った後、いろいろな記憶の点が線で繋がり、最後に「でも、決めちゃったから、私」に辿り着いた。
あいつは、カメラマンに付いて行って、撮影した。その後、たぶん…そうなのだろう。
罪悪感から、絶対に言えない記憶を消すために、僕の所にやってきた。

その後、彼女には言わなかったけど、毎日、コンビニに通って立ち読み…二か月目に見つけた。ショック!推測が当たっちゃった。
あまり部数の多くない雑誌に、名前の違った彼女が水着で載っかっていた。

結局、僕は、雑誌を探した事も買って持っている事も話さないままだった。

雑誌が店頭から全て消えてなくなった時、ぼそりと「私、雑誌に出てたんだよ、言わなかったけど」と告白して来た。
ふたりで長く話している中、彼女は、どうしても自分の20歳の記念にしたかったと言っていた。

それでも関係は続いた。でも夏休みが終わって暫くしたある日、些細な事から喧嘩になって「お互い間を空けて考えよう、ふたりとも色々経験した後、1~2年したら連絡しよう」って事になって別れた。それ以来、会っていない……①

最近、グラビアやってる人の心情を知ることが多い。
彼女らの語る、カメラマンとの駆け引きの様子、撮影時のモデルさんの精神状態などを参考に聞いていくと、今なら当時の彼女の心の動き(プロじゃない素人が自制なくしちゃったのかな)が理解できる。
まあ、この事があって、僕も成長出来たかな。その後も引きずる事なく、水着も女の子も大好きに成長できたしw

女の人は、たぶん男がいくら論理的に説得しても無理。

でも、決めちゃったから、私

この言葉最強!

これを言われたら、男は諦めた方がいいかも……ねw

※①ここからも、一悶着あったんだけど、将来の大切な人にだけ話すよ(*´▽`*)
言える位だから、結局なんともならなかったんだけどね(笑)
それと一部の表現が誤解を与えるかもしれないけど、これは当時の感情で、そもそも他と比べられなかったからね。じゃね(´▽`) ゞbye-bye
今年、平成27年の初めてのブログになります。
初っ端は、今年こその意気込みを込めて、これにしました。

最近、いろいろと女の人を観察してみるのに、

僕の思う男触り(触りとは耳触りとかと同じニュアンス)のいい女とは、

超どMな女性ではないかと感じ始めた。


Mとは、世間で言われるマゾ(ヒスト)ではなく(←この使い方好きじゃない)、

motherhood(母をまとってるって感じかな)、あるいはmaternity(母らしさ妊婦さんのようなかな)と言われる母性のMのことである。


つまり、超どMな女の人とは、もの凄く母性の強い女の人のことを指す。

料理を作るにも、恋人や子供なんかにつくってあげたい。

この人の子供をどうしても産んであげたい、一緒に育てたい。

この人の願いや希望を叶えてあげたい。

ずっと一緒にこの人と寄り添って生きていきたい。同じ夢を見ていたい。

こんな思いを無条件にやってしまう女の人が、僕の言う超どM女なのだ。


こう言うと、私は間違いなく超どM女だと言い出す人がいる。

多かれ少なかれ、Mの気持ちを女の人(僕の様な男も)は持っている。

だから、多くの女の人に当てハマるはずだ。

だが、超どMとなると、今の世の中、大変貴重になってくる。

自分の仕事との兼ね合いで男に、より添えなくなったり、

自分がしたいことが、やはり優先される女の人が今、大多数を占めているのではないか。(社会の情勢からして)


昔、多くの日本人は、農民だった。

朝早くから起きだし、野良に出て、作物を育て、山に入って薪を拾ったりした。

その時の女の人は、誰よりも早く起きて、あさげの用意をした後、一緒に野良に出て汗を流す。

家に帰ったら、風呂を炊いて、ゆうげの支度をして、子供の世話をし、繕い物もした。

男は、ワラジを編んだり、鎌や鍬を手入れしたりした。

それで一日の生活が回っていたのである。(ザクっつと簡単にまとめた、ある日の風景)


その時の遺伝情報が、僕らの体に宿っていて、人にして上げたいと言う母性も知らぬ内に刷り込まれて来たのではないか。

少なくとも僕の中では、超どMな女の人が、世の男に一番受け入れられ易いと思う。


僕は今、この貴重な超どM女性を探している。何としても探し出すつもりでいる。

その上で価値観を同じにしている人、勿体無いを素直に表現出来る人なら、最早言う事はない。

探している過程で、いまどの辺りにいるのだろう?

何か、すぐ側にやってきている気がしないでもない。

何処かにいるであろう…その彼女に一言「もう少し待ってね」きっと迎えに行くから(^_-)-☆

何言ってんだかねぇ~。


※僕は、たまに色々なM度テストをするよ!今年は何だったか?お正月に関係したことだった様な(^O^)

はっきりとは言わないけど、ご協力ありがとうございましたm(_ _)m たくさんの人がいいM度を持ってらした。とっても満足いく結果だった。ほんと(・∀・)(・∀・)(・∀・)(・∀・)う!

因みに追試はないよ~m9( д)

←さあ皆さんご一緒に、思い上がってんな&調子こいてんな(#Д)ターコ!!


※井の中の蛙ものブログ更新 「バレンタインの思い出」 こっちも見てね!(^o^)!

結果、クリスマスには何も起きなかった。

起こそうとも思ったが、周りの状況もそれを許さないものがあった。

時期を得るのは、一人で生きている人間ならまだしも、

家族という拘束がある以上は完全には解き放たれない。


最近、考えていることは、その時期(好機)を得るためには、運が必要になってくるかも?、って事。

前のブログで言った様に、他称、座敷わらしの性質上、自分で運を掴むことが出来難いのかもしれない。

運は流れているのか?、それを捕まえるのか?、それをお金の様に貯めて一気に使うのか?


先日から、いろいろなブログを見ていると、女の人が小指にリングをしている。

ピンキーリングというものなのだそうだ。

謂れは、たくさんあるのだろうが、右手は運が入ってくる方で、左手は運が出ていく方なのらしい。

右手にするのは恋人がいて、もう十分幸せが足りているという事で、

左手は、恋人募集や願いを叶えるために運を止めて貯めているのだそうだ。


このピンキーリングとは、男がやっても良いものなのだろう。

運を封じ込めて、自分のために使う方法としては、有効なのではないか?

両方の小指にすれば、外に逃げ出すこともないし、人に使われることもない。

(唯一、注意しないといけないのは、前のブログでいうサゲ男に接触されないことだろう(笑))


来年の運気は、アゲアゲならしい。(ホントかよ(^.^))←龍の天に登るが如しだって!!

ピンキーリングで封じ込めるこの方法、名付けて蓄運(貯めて貯めてエコロジー)という事にしよう。実際うまくいったら………………(^_^)vホウコクしよう!あまり期待しないでね。うまくいくといいな~(^o^)


※(余談)占いで、星座占いを見るのに、僕には、全く同じ星座で同じ血液型で同じ月生まれの

先輩が2人いる。彼らは、もうすでに結婚している。配偶者を例に上げると一人は大人しく、一人は全く人の話を聞かない人。彼らの生き方も性格も全く違う。立ち位置もモノの考察の仕方も全てが違う。

彼らと僕が全く同じ占いになるのが、良く解らない。(多分、生まれた日とかの方が関係してるんじゃね)


以前、彼ら含めて数人と結構、高めの財界人が良く利用する飲み屋さんに行った時。←勿論オゴリ。

そこのママさん(財界のいろいろを見てきた細木Kさんの様な人)が隣に座って、

即行、手を握られて「この人、何か持ってるよね、隣にいて体の産毛が逆立つもの、他の人には感じない」

だってエッ(Д)マジ?

何言ってんだ、このオバさん?……何かあんのか?私 おばちゃん わらしが判るの?なんてね。







昔からの僕の裏のアダ名は、ズバリ❝座敷わらし❞なのだそうだ。

学生時代から、人にテストのヤマを教えると8割方当たってしまう(自分の選択科目でもないものでも)。

自分のヤマは、からきしダメなのに。





単位落としそうで卒業できそうにない上に、就職さえ決まっていなかった女の子と付き合い始めて、その子は、

次々に追試にパスして卒業し、希望の就職先に入ることが出来た。




足繁く通っていた施設やお店が、行かなくなると潰れてしまう。



Jリーグの大分トリニータが当時、J2に落ちそうになった時、これではいけないと練習場に通い始めると、すぐに

シャムスカ監督がやってきて残留、その後ナビスコカップ優勝と続く時代がやって来た(通勤を自転車に変えて、

山の上の練習場まで通わなくなってJ2降格←これはこじつけに近いか(笑))



たまたまなのかなぁ~と思っているのだが、僕の知り合いに正反対の男がいる。





今まで買ったものは、車を含めて全て生産中止。僕と初めていったJ1リーグのガンバ大阪戦が試合に行っての初勝利。(その時、隣で見ていて、呼吸が止まるんじゃないかって心配する位に、ヒーッ ヒーッって言いながら引きつりながら喜んでいたのを忘れない)




過去、大分の悲劇と言われたりして、あと一歩の所で昇格逃したって時は全て会場にいた。昇格できた時は、さすがに遠慮して行かなかった(行けなかった)らしい。女の事は……m(_
_)m







しかし生まれ性とは、不思議なものだ。でも自分じゃ使えないから何の役にも立たないけどね(^o^)

そこで考えた挙句。使えそうな生き方を考えついた!(^^)!。

経験上、運のない女の人の方が、伸びしろが大きい様に思う。超下げ◯んとかの方が…。

超下げ◯んの女の人(①僕的でいいから可愛いってつけさせて)を見つけて、自分の仕事しながら、副業的に見守っていけばOKなんじゃないか?

といった訳で運のない女子(①)募集中で~す。←って真に受けないでね~\(^o^)/チャオー!←その前におめえが選ばれねえって(笑)

今、ちょうど昔の映画を見ていた所だ。トム・ハンクスとメグ・ライアンが出てるやつ。
ユー・ガット・メールってやつ。まだ、ダイアルアップ接続してる頃の昔の映画。
最初二人は、敵同士の様な設定から結ばれるラブコメディ。彼らはチャットで知り合ったらしい。

映画の話なのだが、現実にも、こんな事が起こるのであろうか?
誰が考えても、今の方がより便利になっている。ツイッター、フェイスブックなどのSNSのない16年前に出来て、今の環境で出来ない訳はない。(映画の作り話の中ではあるけれども)

この映画の中でもそうなのだが、インターネットの空間から、いつか現実の世界に戻らないといけない時が必ずやって来る。ハッピーエンドばかりではなく、がっかりさせられる事もあるだろう(悪用する者も)、でも、インターネットが絶好の手段である事は確かなことだ。利用しない手はない。

そこで相手を決めるのに重要になると考えられるのは、一つは縁とか巡り合わせだと思う。
今、何か同じ事をしようとした(したいと思う)、今、食べたい物が同じ。考えてる事がよく理解できる。同じテレビを見ている。過去の経験と良く似た何かが時空を超えてあるなどだ。顔かたちは、フェイスブックの名前検索などで辿っていけば大体分ってしまう。(そこでアウトなら仕方がないが…)やはり、縁だと思う。


もう一つは、相手の反応、文面、心配りからくる優しさ、など直接推し量る事のできるもの。

後一つは、たぶん人に話すと頭大丈夫かって言われる事に耐えれるかかな?(何言うてんねん、病院行った方がええんちゃうかとか)

映画の終わりにメグライアンが「あなたで良かった、あなただったらって願ってたの」(吹き替えで)って言っている。そんな相手に巡り合いたいものだ。



あまり標準語で苦労したことがないのだが、微妙な言葉の用法違いで通じない経験はないだろうか?
学生時代に、友達と話していて、「Sちゃん、その自転車せって来てよ」と言うと、相手がキョトンとした顔をして「せってってセルってこと?モーター(エンジン掛けるセルモーター)付いてないけど?」と返され、標準語ではなかったのかと気付かされた事がある。せるとは、競い合うと言う競るだと思う。つまり意味としては、標準語で押して来てって事だ。

その〝せる″の話をしよう。
近くの神社(氏神様)は、祭りになると昔は、競り市が立つと言っていた。
祭りの時、例えば男達が通りすがりのお年寄りに祭りに行くと言えば、「お前ら今日は気張って競ってこいよ」と言われた。競り市が立つのであるから、魚河岸の様に景気良く、屋台の兄ちゃんが声を出して仕事していると思いそうだが、実は押し合い圧し合いしながら、男女が入り乱れる事を言う。つまり、祭りの口実で男女の出会いを演出していたのである。

そんな秋祭りは男だけのものではない。村の娘達は、競(きそ)って化粧をし、目当ての男の子に見染めて貰おうと頑張った。皆が器量が言い訳でもないので、その機会を十二分に利用した女の子達は勿論いただろう。今ほど夜でも光が有って明るかった訳でもない、境内やその周りは松明の明かりだけ、或いは月明かりだけで、現代で考えるほど明るくないのが現実だ。目当ての娘に辿り着き、気に入った男子と一緒になれる、そんな補償は何もない。だからそれが重要なのだ。どんなに相手が器量の良くない子でも、神様の前で結ばれたからには、ご託宣と受け取って運命を受け入れたであろう。そこには往生際の悪い男もいたであろうから娘達は、噛み付いたり、相手の肌着の切れ端とか持ち物の一部を持って帰り証拠としたで有ろうことは想像に難くない。

人口減少と少子化は、昔スタイルの秋祭りが解決してくれると僕は提案したい。
男女の関係が上手くいかないと子孫繁盛にはならないし、人がいないと豊作も期待できない、きっと神様も大目に見てくれるであろう。



僕は、きっと生粋の大分県人なのだろう。
3代どころかオヤジの家系では、風土記の時代からだから、ずーっと昔だ。

でもここでは別の話をします。
僕には、大阪に親戚がいる。学生時代の友達も関西人が多い。

彼らに囲まれていると、ついつい釣られて関西弁(ざっくり一纏め)になってしまう。
彼らは、大概において僕ら地方の人間には何の遠慮もなく関西弁で話し掛けてくる。
親戚の従兄のお兄ちゃんとかは、絶対に標準語に近づけようともしない。最初から最後まで大阪弁なのだ。子供の頃から聞いているから、アクセントや使い回しなんかまで覚えてしまう。大分弁が瀬戸内文化圏で言葉自体の類似性があるのだろうが、聞き取りやすいし話しやすい。

そんな訳で、大阪行ったり、来てくれたりした時は、大阪弁で喋っていた。それが当たり前だとも思っていた。

それがある時を境に止めてしまった。
ある日、堺の女の子達と話していた時に、自分の感情も高ぶっていたのか、訳の分らない大阪弁になってしまって「変な言葉話さんといてくださいよ」って笑いながら言われた。
こっちは、結構気を使って話して上げていたつもりでいたのに、何だかなーって思ってたのと同時に、待てよ!ドラマとかで大分弁聞いた時の違和感ってこんなもんか?と感じた事。それ以来、たぶんネイティブでもない人間が、中途半端な言葉で喋っても失礼になるんやないか?と考えて、親戚、極親しい友達以外では話さなくなった。

逆にありがたい事に、それを境に大分弁を話す事の衒いがなくなった。恥ずかしがっていた何かが自分の中にあって、そう言った行動になっていたのかもしれない。

所詮、僕はネイティブ大分人なのだから、一生、なんちゃって関西人でいいのだ。それでいいんじゃっち(大分弁)思う。

僕は、つい色々な失敗をやらかしてしまう。
後で考えて、こうしておけば良かったと思う事が多い。
でも、ぐずぐず引き摺って生きていても仕方がない。

人間は、point of no return(引き返せない所) ってあまりやって来ないと思う。
普通に元気良く、正直に生きていれば、線路でいうレールは必ずまた交点を迎え、選択の機会を得ることが出来ると信じている。

近くに102歳のおばあちゃんがいたが、「よく“人生には、必ず竹の節の様なものがやってくる(人生の休憩みたいなもの?)”その時、明るく、前向きに元気で明日を信じて生きてきたから、この年まで生きて来れた」とよく言っていた。

あの時、こうすれば良かった、あそこで変な事言わなきゃ良かった、あの時、あの人を選んどけば良かった、あの人の言う事を聞いとけば良かった…とか色々。

そんな思い悩む僕に、父が良く言ってくれたのは「過ぎた事をいくら考えても仕方がなかろうが?色々な失敗は無駄にはならない、必ずお前の経験則として生かされる」ってこと。僕は、やらかしちゃった時、迷惑掛けて自分が嫌になりそうになる時に、よくその2つの言葉を思い出して前向きに生きようと努力している。